第10話 君が正しく彼女に告白していれば
アランは先ほどの騒動で、クラウディアが動揺しているのに気がついていた。
(無理もない、真面目な娘だもんな。本ばかり読んで過ごして来たのだろうな……)
その一生懸命真面目に尽くす姿勢が、男にいらぬ誤解を招かせてしまったのだろう。それに、とアランは思う。
(今まで会ったことのないタイプだ! 次々に新しい手を繰り出して僕を驚かせてくれる……もっと見てみたい、と思っちゃうんだよな)
「クラウディア」
机の上を拭き掃除していたクラウディアが顔を上げる。
「今日は図書館へ下調べに行こう」
クラウディアの瞳が一瞬にしてキラキラしたものに変わる。
「はい、わかりました!」
「じゃあ支度をして。僕は所長に断りを入れて来るよ」
クラウディアは掃除用具を片付けると、コートを羽織った。
コンコン、とドアをノックして所長室にアランが入って来た。
「所長」
「どうしたアラン?」
「僕の助手がかなり参っているようだから、気分転換に図書館へ行って来るよ。昨日の言った研究の下調べも兼ねてね」
所長は『ふむ……』と息を漏らして、
「ラモーンと彼女が拗れた関係になってしまっているとは知らなかったよ。研究一筋で女には興味がないやつだと思っていたんだが……」
「彼女が言うには、実際には何もなかったみたいだぜ。ただ、あの男がどう思っていたかは……少し見守る必要はあるかな」
「わかった。おまえも大事にならないように気をつけてやってくれ、頼んだぞ」
アランが部屋から去ると、所長のエルウィンは掛けていた椅子の背もたれに “フゥ” ともたれかかった。
(ラモーンもクラウディアもうちの研究所の大事な戦力だ。しかもこの2人は超優秀……優秀な2人を組み合わせたらどうなるかと思ってやってみたら、この1年の業績はすごかった! だが、結婚もしていない男女を夜遅くまで1つの部屋で一緒にして、何か起こったら……研究所の面目は丸潰れだ。しかたなく離したら、今度はコレか……)
所長は椅子から立ち上がると部屋を出た。
コンコンコン、ラモーンのラボをノックする。
……返事がない。
「入るぞ」
と言ってドアを開けると、机の上に突っ伏したラモーンがいた。
(やっぱりな……仕事なんかできるかって感じだな……)
「ラモーン」
ラモーンが顔を上げないまま、ピクリと動いた。
「やっぱり、クラウディアが好きだったんだな……君は」
所長はため息をつきながら、更に続ける。
「で、本人には打ち明けたのか?」
少しの沈黙ののち、
「……い、言いました……」
「なんて?」
「そんなこと……! あなたには言いません」
「君が正しく彼女に告白していれば、こんなことにはなっていないと思うぞ」
「け……結婚を前提に付き合って欲しい、って言いました……」
「それで?」
「それで、って?」
ラモーンが顔を上げた。表情は暗く、苦しそうだ。
「その後さ、デートとかしたのか?」
「で、でぇと……?」
「両親に紹介するとか、手を握って気持ちを伝えるとか、したのか?」
「……し、しないとダメなのか?」
「ダメだろう、普通!」
「……知らなかった……」
「オイオイッ! 何も気持ちを伝えられず、ただ毎日遅くまで研究に付き合わされて、逃げ出さない女がいる方が驚きだよ!」
そう言われてラモーンは、自分がクラウディアに一方的に強いてきたことに、ようやく気がついた。
1年もの長い間、彼女は何の不満も言わず、昼夜問わず献身的にラモーンを支え続けた。それなのに……
(僕はなんて自分勝手だったんだろう……彼女の気持ちも考えず、頼りきっていた……彼女を守ることもできなかったくせに、何故自分の元に戻って来ないのかと責めたのだ……)
「……僕は、どうすればいいんでしょう?」
ラモーンの瞳が所長を見上げて、縋るように尋ねる。
「……まずは、落ち着いて謝るところからかな」
「落ち着いて……謝る……」
ラモーンが噛み締めるように言葉を繰り返す。
「今の君は必死すぎる……それじゃあ相手も引いてしまうよ。2〜3日のんびりしたらどうだ? 有休も溜まっているだろう」
「はい……」
「決まり! 今日はもう帰って頭を冷やせ。できたら、女の子をデートに誘う方法を誰かに教えてもらえ」
「……女の子をデートに誘う方法……」
「そうだ。休んで落ち着いたら出てこいよ」
そう言うと、所長は部屋から出ていった。
(女の子をデートに誘う方法……誰に訊いたらいい?)