夜天にて
「どこだ」
両親と川の字になって寝ていた夜、そのかすかな声は幼子の耳に届いた。布団から身を起こし、目を擦る。聞き間違いだろうか。
「どこだ」
また声がした。夢ではない。誰かが何かを探している。この寝室には自分と両親しかおらず、声の主は外の縁側だろうか。
寝息を立てる両親のあいだから抜け出して、幼子は立ち上がった。まだ何かを疑うことを知らない子供は、強盗だとか盗人という可能性には思い至らなかった。親を起こして注意を喚起することもなく、好奇心に駆られるまま障子の方へ歩いた。
力を入れて障子を開けると、外は暗かった。小さな庭があり、柿の木が生えている。熟した果実が落ちて、地面に染みを作っていることがよくあった。
「どこだ」
また声がした。縁側を見回しても人影はない。夜闇は深く、幼子の視界を攫う。おつきさまがでてればいいのに。幼心にそう思って、広大な夜空を見上げた。
そこには目があった。
空を横断するほどの巨大な一つ目だった。瞳の色は黒く、長い睫毛さえ見て取れる。時折まばたきをし、忙しなく眼球を動かした。
「どこだ」
夜天に裂けた目が何かを探している。しきりに転がっていた視線が停止した。縁側に佇む幼子を瞳の中心に据える。
覆い被さらんばかりに眼球を剥き出しにして、目は言った。
「お前か」




