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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オリジナル短編集

究極整形

作者: のなめ

きっかけは、ほんの些細な出来事だった。


「なんかコイツ、目細くね?」


「ほんとだ~。枝みたい!」


そんな、小学生の頃に一度は皆言われるであろう外見の悪口。言った本人はただ単にその時ぱっと思っただけで、悪意という悪意はなかったのかもしれない。だが、当時幼かった彼はその言葉に深く傷ついてしまう。


勿論それは小学生の時だけではなく、中学も高校も直接ではないが似たようなことを感じたことはある。例えば――。


「ねえあのさ、早く宿題のノート出してくれない?うちが皆の分集めて昼休みまでに出さないといけないの。だから早くして」


「あ、うん。ごめん」


「――」


「え、何......?なんかついてる?」


その女子は不意に彼の口元をじっと見つめた。


「ふっ......いや別に」


彼女は何がおかしかったのか、鼻で笑いながら用事は済んだとばかりにさっさとその場を去っていった。その女子が自分の口元を見て何を想像したのかは知らないが、決して良い印象を抱いたわけではないだろう。むしろ逆で、その内容は想像に難くない。


そして高校時代。それは身体測定の時の出来事だった。


「お前身長いくつだった?」


「俺174~。お前は?」


「勝ったわ!俺176~!!」


そんな会話が耳に入ってくる。当の彼は165センチだった。そうなるとやはり、嫌でも周りと比較してしまう。そして過去の出来事と思春期ということも相まって、余計に彼は自己嫌悪が激しくなっていった。


そして彼は大学生になった。都会の大学に進学したということもあって、周りは今までの環境とは大きく変わり、目に映る生徒は皆お洒落を意識し、きらきらとした花のある学生生活を送っているように見える。ふと横を見れば、顔が良く何でもできそうで陽気な男が、可愛らしい女の子と楽しそうに談笑しているのが目に入った。いや、この男だけではない。周りを見れば本当は違っていても、皆この男のように思えてしまう。どこまでが自分の想い込みで、どこからが事実なのか。


「あーあ。俺も顔が良かったらなぁ......。特にこの糸みたいな気持ち悪い目、最悪だ」


顔が良ければこういった輝いている人間になれるのか。それとも身長が高ければだろうか。ただ少なくとも彼はこの時、自分の中のコンプレックスが一つでもなくなれば多少マシになるのではないかと思った。


そして、そんなある日のこと。彼はいつものようにスマホを片手にネットサーフィンをしていると、たまたま流れてきた記事に目が留まった。それは、


――『整形』が私にもたらした10のこと――


という題名の記事だった。気になった彼はその記事を読み進めていくと、その著者はまさに、今自分が持っているようなコンプレックスを実際に持っていて、それを整形によって克服したどころか、お釣りが出るくらいに一気に人生を好転させることが出来た、ということが分かった。確かに、実際にこうやって記事になりある程度のPV数を稼げてる時点で、克服までに留まっていないことは明白だろう。


「へえ、こんな人もいるんだ。それにしてもよく行動したな」


単純に整形と言っても、その下には何百万というお金が動いているだろうし、勿論整形によるデメリットも沢山あるだろう。そんな中良く決断し行動に移せたと思う。ここまでのことをしないと人は変われないのかと嘆きたくもなるが、逆に言えばこれをすれば大きく変わる可能性が高いということ。彼は記事を読みながら、整形をすることで今まで散々自信を失った自分の顔に自信を芽生えさせることは出来るのだろうか。それが出来たらどれほど生きやすくなるだろうか。などと考える。


「――なんか俺も、いい加減このコンプレックスから解放されたいんだよな」


この著者のように。あわよくば、克服ではなくその上に。そう意識した途端、急に自分の内から今までに感じたことのない熱が湧いてくる。


「よし、もう少し整形について詳しく調べてみよう。たまたまこの記事が流れてきたのも、何かの縁だろうし」


それから彼は色々な整形に関する情報に触れ、触れれば触れるほどにその整形に対する想いは強くなっていった。


そして一ヶ月後――遂に彼は整形することを心に決めた。


決断にかかる時間としては十分だろう。現在の貯金は今までのバイトで稼いだ分も併せて100万と少し。彼はコンプレックスを無くすために、目を整形することにした。今まで散々嫌悪感を覚えてきた自分の目も、これで生まれ変わる。


「もうこれで悩まされることはなくなるんだ......」


こうして、彼は目を整形したのだった。


そして無事目の整形が終わり、その後日。当の彼は、目を整形したことでようやく十分な自信を得ることができ、人目を気にすることもなくなり見事生まれ変わることが出来た。それが、整形する前に彼自身そうなるだろうと思い描いていた未来である。


だが――実際は大きく違っていた。まず自分の身に起きたことと言えば、前は然程意識していなかった身長や口元まで、あの日整形を決心するレベルにあった目に対する激しいコンプレックスと同等のものが生じてしまったという事。つまり、彼は目を整形し満たされるどころか、他の気になる程度であった部分も明確に強烈なコンプレックスとして機能し、前にも増して他人の目を気にするようになってしまったということだった。そしてもう一つは、整形に対し、する前に多少あった抵抗が今やすっかり消え、今すぐにでも施術したいと思えるほど依存してしまっているということ。


「あー、クソ。目だけ整形したら顔のバランス崩れるに決まってるじゃんか......馬鹿か俺は」


整形した部分が不自然になり、そうなるとその不自然でも形の良い部分に合わせたくなるため自然と他の部分も整形したくなってくる。そうなると今度は金銭面が問題となり、時間もかかる。彼はコンプレックスによるストレスを解消するために整形をしたはずが、その結果前よりも更にストレスのかかる状況に陥ってしまったのだ。


「借金は流石に嫌だし、親なんていないようなもんだし、手っ取り早く大金を稼ぐ方法は......やっぱりこれしかないよな」


俗に言う、夜の店で働く他に道はないということ。そうと分かれば、彼は悩んでいる時間さえ惜しいとばかりにすぐその店に連絡を取り、なるべく早く働かせてくれるよう頼みこんだ。こうして、彼は大金を手っ取り早く稼ぐため、半ば魂を売るような形で夜の世界へと勢いだけで足を踏み入れたのだった――。


最初は彼自身、勤めてみると皆同僚達は自分と違って顔が良い上にコミュ力も高く、それに嫉妬心が芽生え、働いている最中もコンプレックスを常に刺激され続けているような状態だった。当然仕事については想像を絶するほどキツいことも沢山あった。だが、その度に同僚たちに対する嫉妬心と自分のコンプレックスが背中を押し、血反吐を吐いてでも人生を変えてやると心に誓い続けた。


そして――


「もう......もう十分だろ......」


そうやって日々生きていくうちに、いつしか彼の営業成績はその店で一番になっていた。気付けば自分の通帳には数千万もの額が刻まれていて、当然ここまで来るのに彼は膨大な年数を費やした。途中、仕事の大変さに、寝ても起きても仕事のことしか考えられないような精神状態にまで追い込まれたこともあった。そのおかげというわけではないが、自分のコンプレックスさえも一時的に忘れていた。しかし、やはり克服は出来ていなかったため、ふとした瞬間に再び意識してしまいそれに苛まれてしまう。だが、それももう終わりだ。


「よし、今度こそ......!!」


彼は鼻、口元、顔の輪郭を整形するため、迷うことなくその大金を湯水のごとく消費していった。その為に稼いだのだから当たり前だろう。こうなる日を何度望み待ちわびた事か。もはやコンプレックスが消えれば何でも良い。その為のリスクも厭わない。


そして無事、顔全体の整形が完了した。だがここまで行くと、もはや生まれ持った自然な顔つきとは全く異なり、サイボーグのような、加工した写真にでも写っているかのような、そんな人間味の感じない顔になっていることだろう。


「何だ、これ」


施術が完了し顔の晴れなどが引いた頃、久しぶりに鏡で自分の顔を見て抱いた第一印象がそれだった。勿論、施術時にはこういった顔にしてくれと一番自分が格好良いと思えるモデルの顔を示した。確かに、どことなくその顔に似てはいる。だが、何かが違う。そして自分の顔に対するコンプレックスは――依然として、当たり前のように残っている。


「なんで......なんでだよ!?何で消えないんだよ......!」


自分の思い描いていた通りであれば、ここでようやくコンプレックスを克服し、日々のストレスから解放されるはず。しかし、何故かそうはならなかった。


「あー......、分かった。身長だな」


確かに意識してみると、高校時代の嫌な記憶がフラッシュバックし、唯一自分の中で身長がまだ消えぬコンプレックスとして引っ掛かった。つまり彼は、自分の外見に関するコンプレックスがすべて消えた時、真の幸せを感じることが出来ると、そう考えた。


身長を伸ばすにはもはや年齢的に自然な形では望めない。であれば、骨延長手術に頼る他ないだろう。彼は毎日、それについて狂ったように調べ、その一週間後――韓国へと飛んだ。


伸ばす長さは15センチ。つまり、現在165センチであるため、成功すれば180センチの身長を手に入れることが出来る。当然骨延長のリスクも把握済みだ。それでも彼は止まらなかった。その額、約1000万。彼は自分が手にしていた殆どの金を使い、手術に挑む。コンプレックス克服後に味わえるだろう未知の景色を夢見て――。


そして無事、手術が完了し、それから骨が完全に伸びきるまでの半年以上、基本的には車いす生活。リハビリや歩く練習で、脚を動かす度に悶絶するような激痛を味わいながら生活をした。睡眠中も持続的な激痛に苛まれ、3時間おきに目を覚ますなどは当たり前。それらはまさに生き地獄であった。勿論、自分で臨んだ生き地獄ではあったのだが。


それからどれほどの月日が流れただろうか。遂に脚の傷は完治し、身長180センチを手に入れることが出来た。事実上、これで彼の中のコンプレックスは完全に無くなったであろう。はたして当の彼は今どのような心境にいるのか。


「は、はは......」


彼は姿見に映った自分を眺める。その顔は青白く、頬は瘦せこけ、人間味を感じないところも相まって、まるで死人のようだった。無理矢理笑顔を浮かべてみるが、余計不気味さが増すだけであった。そして何より、その不自然に伸びた自分の脚。腕や胴体は前と変わらないため、自分の想像とは真逆で、あまりにも不格好に思えた。これではコンプレックスが無くなるどころの騒ぎではない。家の一歩外に出ることすら怖い。どうしてこうなることが予想出来なかったのか。だがそんなことを考えても所詮後の祭りだった。この状態にまでなってしまえば、もう元に戻したくても戻せない上に、仮に戻せるとしてもまた膨大な年月と労力を費やしてお金を貯めなくてはならない。だがこの身体と経歴ではもはや何も出来ないだろう。


「ぁ......そうか、そういうことだったのか......!」


完全にお先真っ暗な状態の中で、微かに輝いた光。


「俺、間違ってたんだ......!ああ、今分かったぞ。なるほどな!」


彼は何かを悟った様子でうんうんと頷いた。


「そう、俺は根本的な()()()をしていたんだ......」


「どうしてここまでしてもコンプレックスを克服できず、一向に願いが叶わないのか!」


簡単なことだった、今までどうして気が付かなかったのか。と彼は心底残念そうに小さく呟く。


「俺の、考え方が問題なんだ......!つまり、頭が問題なんだよ!」


この事実に気が付くまでに気が遠くなるほどの年月が経っていた。しかし、何はともあれ、今ようやくそれに気が付いたのだ。


だから――。彼は大きく息を吸い、血走った眼で叫んだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「完全にコンプレックスを消すには、もう頭の中の過去の記憶だったり価値観を、完全に消すしかないんだよ!!そしてそれは、今から出来るじゃないか......!!」


彼の目つきは、今までの絶望に打ちひしがれて光を宿さなくなったそれとは打って変わり、爛々と目を輝かせ、顔全体には鬼気迫る表情が浮かんでいた。こうなってしまっては、あとは突き進むのみ。彼は物凄い勢いで家の二階に上がり、ベランダの窓を開ける。


「はぁ......はぁ......よし、この高さならギリギリ死にはしないはず」


生か死か、植物状態になる可能性だってある。だが生憎、今の状況やこの先に起こるであろう出来事を心配してくれるような友人や家族はいない。そして当然、このまま生きていても絶望しかない。であれば、ワンチャンス掛けたこの飛び降りで頭に強く衝撃を与えることにより、記憶の喪失を狙う以外に自分に残された道はない。そう、彼は思った。もし万が一、脳ではなく肉体の怪我により一命を取り留めてしまったら、その時は文字通り自分の手で自分を殺めるだろう。だがそれは、そうなった時の話。今の彼には、傍から見たら歪な、しかし彼にとってみれば純粋な希望しか未来に対し抱いていなかった。


「これで......ようやく、本当の本当に、解放されるんだ......!」


そしてその直後――


低く鈍い、何かが潰れるような音が辺りに響き渡った。















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