番外編.勝負の行方
それは、ある秋の到来を予感させる日のことだった。
今日は旧温室でステファンと二人でお茶会を開いた。
新しい温室でお茶会は冬はよいかもしれないが、今の季節ではまだ暑すぎるためこの場所を選んでいる。
それに、ステファンと二人きりというのも久々だった。
スカーレットの社交の練習を兼ねて、時々リサを交えることもあったが、普段は三人で開いている。来春の結婚式まではスカーレットが滞在することが決まっているので、順調にいくのならばそれまでに他の貴族も一度呼んでみてもいいかもしれないと考えているところだ。
今日は社交の練習ということで、リサの屋敷にスカーレットが呼ばれている。
ステファンにエスコートされて温室へと入ると、中には既にテーブルなどがセッティングされていた。席に着くと、二人きりだというのに、花の形に成形されたチョコレートや焼き菓子が運ばれてくる。花の形なんて、どうやって作ったのだろうか。いつもより明らかに気合が入っていた。
ステファンも気が付いたようで、目を丸くしている。
「今日は二人きりなのに、随分気合が入っているんだね」
私も理由を知らないため、配膳を終えた侍女を見る。
「何か聞いているかしら。知っていたら教えてほしいのだけれど」
「お二人だけでお茶をされるのは久方ぶりですので、料理長が張り切ったと伺っています」
「そうだったの。教えてくれえてありがとう」
「もったいないお言葉でございます」
そうして、侍女は頬を赤くすると下がっていった。
侍女達が離れると、ステファンが口を開いた。
「スカーレットのこと、ありがとう。今まで社交がおざなりだった分、かなり勉強になっているみたいだ」
「こちらこそ。リサもお友達ができて嬉しいみたい。殿下が仲良くして下さって嬉しいわ」
「デュフォ公爵令嬢の寛容さのおかげだよ」
そう言って、ステファンは微笑むとカップに口をつけた。
私は、ステファンがカップを置いたタイミングで、思い切って気になっていたことを話題に上げる。
「ところで、春の品評会の夜会のこと、覚えているかしら?」
「ヴィとのことなら忘れていないとおもうけれど、どれのことだろうか」
「……勝負の約束のこと。ステフが勝っていたのに、どうして私に求婚してくれたのか教えてくれたでしょう?」
「そのことか。でも、ヴィは自分で思い出したじゃないか」
ステファンは優しく微笑むと続ける。
「思い出したのなら、引き伸ばす必要はないと思ったんだ」
「ステフの勝ち逃げは、ずるいと思うの」
意識したつもりはないのについ拗ねた口調になってしまった。ステファンは笑みをこぼす。
「では、代わりのお願いを考えるよ」
そう言って少し考え込んだかと思うと、ステファンはすぐに顔を上げた。
「そうだね。じゃあ、ヴィが僕の魔力をどう感じたのか聞いていなかったから、それを教えてもらおうかな」
「そういえば……」
ノマス領のカメル橋に向かう馬車の中でステファンは私の魔力を氷の薔薇に例えてくれたが、私は彼に何も伝えなかった。
「ヴィがどう感じるか、聞かせてくれる?」
「ええ。でも、ステフもあれから大分魔術の使い方も変わったみたいだから、もう一度確かめてもよろしいかしら」
「もちろん」
「では、手をお借りするわね」
嬉しげに手を差し出すステファンの手を取ると魔力を流す。
前回やった時と同じだが、あの時と違いステファンの魔力には芯のぶれない力強さが加わっていた。
感じたことを言葉に乗せていく。
「ステフの魔力はまるで晴れ渡った青空に吹く風のよう。どこまでも自由で、だけど自分を見失わないものを持っている。あら……?」
「どうかした?」
「いいえ。前回は風だけだったのに、今回は風に乗って翼をはためかせる大きな鷲の姿が見えたから。力強く、逆風にも負けずに願ったところへ辿り着くという強い意志の現れのようね。ステフに心境の変化があったのかしら」
「変化っていうと、どんなことだろうか」
ステファンは考えているが心当たりが見つからないようだ。
「そうね。たとえば、風向きのまま、風に乗って進むだけではいけないという思い、とかかしら」
「ああ。それならわかる」
何かあっただろうかと疑問を浮かべる私にステファンは答える。
「僕には特出した才能がないし、それを受け入れて生きてきた。その分、周りとの調整や下調べなんかを頑張ったりね。でも、上級の魔術が使えるようになって、やり方次第ではまだ伸びしろがあったんだと思うと、きっと他にもそういう分野があるんじゃないかなって思ったんだ。だから、実力不足だからとすぐに諦めるのじゃなくて、もっとあがいてみてもいいんじゃないかなって思うようになった、かな」
その言葉に、私はステファンが何に悩み、どんな思いを抱えて生きてきたのかあまり知らないことに思い至る。
言葉を探したが彼の苦悩を知らないのに気休めの言葉すら見つからない。
そんな私に、ステファンは微笑む。
「それに、そう思えるようになったのは、ヴィが僕の隣にいてくれるからっていうのも大きいんだよ」
愛しげに見つめられて、なんというか気恥ずかしい。
「――ステフが、私のことを覚えていてくれたからよ」
「たしかに」
そういって、ステファンは過去を思い出す様に視線を遠くに投げた。
視線がそらされ、少しほっとする。
「ステフのオルテンシアでの話ももっと聞きたいわ」
「うん。いずれ、話せるようになったら話すよ」
そう言うとステファンは少し冷めたカップへと手を伸ばした。
彼が何を抱えているか知らないけれど、いつかステファンが折り合いをみつけ、過去を話せるようになる日がくることを私は祈るのだった。




