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氷の薔薇がとけるまで 遺言で知った婚約者に、政略結婚を望んでいたはずの女王陛下は恋に落ちる  作者: 乙原 ゆん


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前日譚 父王視点

お待たせしました。

数日お休みと思っていたのですが、思った以上に遅くなってしまい申し訳ありません。

 妻であるミルフィアの病気がわかったのは、シルヴィアが三歳だったか四歳だったか……。

 病名は、この国固有の病といっても良い、魔力過多症。

 治療方法が無く、魔力が高い高位貴族ほどかかりやすい病名は、私達家族に絶望をもたらした。

 あの病は自分の魔力が体内を傷つけるために痛みを和らげることすら難しい。

 国王という、国の最高権力を持って王宮の医師に治療方法を探させた。

 彼らも懸命に取り組んだが結果は芳しくなかった。医師が魔術を施すると、体内の魔力に干渉して余計に痛みを与えてしまうという。

 医師らが下した決断は魔術では魔力過多症の治療はできないというものだった。


 絶望に打ちひしがれる私に、医師らは魔術に頼らない方法での可能性を示唆した。

 だが、魔術の発達するこの国で、魔術に頼らない医療はほとんど発展していない。

 私は藁にもすがる思いで国外に目を向けた。

 この国の成り立ちと歴史により国外に関心を持つことは禁忌に近いが、ためらいはなかった。


 可能性のありそうな国家は二つ。

 医療大国のアスクレピオスと魔導国家のオルテンシア。

 アレクレピオスは魔力を全く用いない治療を得意とし、対するオルテンシアは医療技術は劣るが錬金術という魔力を用いた調薬が盛んだという。

 私は、オルテンシア国に希望をもった。


 アスクレピオスの医療技術も魅力的だが、治療するのは魔力の多さだ。魔力を用いないというだけでは、治療方法が見つかるとは思えなかった。

 私はオルテンシア国の王に秘密裏に親書を送った。

 結果は、症状を見てみなければわからないという返事だった。

 それも当然だろう。魔力過多症はグレイシス国で血を重ね魔力を強めた者に発症する病。彼らの国でこの病を発症する者はいないはずだ。

 そうして、ミルフィアとシルヴィアを連れ、夏の休暇に合わせ秘密裏に他国へと赴いた。


 密会の場所に選ばれたのは、グレイシス国よりのとある観光に特化した国だった。

 私達は国内の避暑地へとお忍びで出かけるという風を装い出国した。国内の避暑地には影武者を立てている。

 オルテンシア国からはバカンスの名の下に王弟が王の第二子にあたる王子を連れてやってきていた。

 滞在先は、上流階級向けの保養地の建物を一区画借り上げてある。

 護衛も配置し、秘密が漏れる心配はなかった。


 王弟が連れてきた医師らからミルフィアの症状の聞き取りが行われ、検査を行ってもらう。

 数日後出た結論は、期待していたものではなかった。

 魔力過多症の治療法は現段階では難しいということだった。

 あるいは、ミルフィアが魔力を失えば症状は軽快するだろうという予測は聞いた。医師らもそちらの方向での治療を勧めていたが、他国の力を借り治療した上に魔力を失うとなると、国中からの批判が予想できた。

 グレイシス国の王妃の立場では難しい、という結論に即座にたどり着いてしまう。

 同時に、何のための王の座だと、悔しく思う。

 一介の平民なら、国内感情など気にする必要はなく、オルテンシア国へと行くことができただろう。

 あるいは、この病を発症するほどの魔力さえ持っていなければ、寿命を全うすることができた。

 何が悪かったのか。

 考えても仕方がないことだったが、割り切るのはミルフィアの方が早かった。

 治療できないならばもっと家族の時間を取りたいと、医師らの勧めを断り、帰路につくこととなった。

 ただ、今は難しくとも、今後の可能性を考え、ミルフィアの検査結果は預けることとなった。


 この旅行の唯一の収穫は、シルヴィアが楽しく過ごせたことだろうか。

 話し合いの最中、早々に退屈したシルヴィアは庭に遊びに出かけ、同じ年頃の王子と仲良くなったようだ。

「おとうさま! おともだちができたのよ! また会えるかしら?」

 帰りの馬車の中で嬉し気に報告し表情を輝かせる娘に首を振る。

「あの子はとても遠いところに住んでいて、シルヴィアに会いに来るのは難しいだろう」

「わたしが会いにいくのは?」

 黙って首を横に振ると、シルヴィアにも伝わったようだった。

「そうなの……」

 涙を浮かべるシルヴィアを、ミルフィアが慰めている。

 帰り際。あの王子は「将来シルヴィアと求婚したい」という言葉と共に、手紙を送る魔術のために魔力の交換を申し出てきた。

 もちろん断ったが「では、認めてもらうまでは何度でも申し込みを致します」という懇願に負け、条件を付けて魔力を交換してしまった。私の出した条件は、将来王として立つシルヴィアを支えられる大人になることだ。

 だが、泣いているシルヴィアに伝えるべきことではない。そもそも王子がこの約束を忘れてしまえば、一生会うことはないのだ。二人はまだ十歳にも満たない。約束などあって無いようなものだと、私はシルヴィアが泣き止むまで黙っていた。


 妻ミルフィアが旅立ちどれくらいか。

 私もまた加齢により、亡き妻と同じ病を発症していた。

 治療法もなく、長くもないこともわかっている。

 無駄にあがくこともせず、離宮に移った。

 ただ、置いていくシルヴィアのことだけが心配だった。

 机の隠しに入れている手紙を取り出して眺める。

 古いものはもう十年以上も前のものだ。

 あれから、あの王子は何度も手紙を送ってきた。

 すべて断りを返しているが、毎回あきらめが悪いと思いながらも王子の成長が透けて見える手紙は、いつの間にか私の楽しみにもなっていた。

 それに国内にも彼よりもシルヴィアに相応しい者はいない。

 だから、この年になるまでシルヴィアに婚約者を定めていなかったのは、断じて王子に期待していたわけではない。

 しばし目を閉じ、覚悟を決める。

 きっと、返事をするのは今回が最後となるだろう。

 きしみをあげる体をなだめながら、先日届いたばかりの手紙に承諾の返事を書くために筆を執る。

 書き終わると魔術を発動させ、ほっと息をつく。これで問題なく手紙はあの王子の元へと届いただろう。


 これしきのことで悲鳴をあげる体をベッドに横たえ、私は長年、友のように国政を支えてくれたボードリエ侯爵の驚く顔を思い浮かべる。

 彼は生粋の国粋主義者だ。彼に知られば、婚約は反対されるだろう。それどころか、彼の手により婚約がなかったことにされるのは容易に想像がつく。

 頼りになるが、そういう点では容赦が無いことを知っていた。

 長年の忠義を裏切ることになるが、婚約について話すのは最後の時と心に決める。

 きっとシルヴィアとあの王子ならば、私とミルフィアの時には臨むことさえできなかった新しい国のあり方を探せると信じている。

 見ることができない未来を信じ、祈るように目を閉じた。

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