39.クレモン侯爵子息
「陛下。本日もご機嫌麗しく存じます」
「クレモン侯爵夫妻。ごきげんよう。本日は、ご子息もいらっしゃったのですね」
頭を下げる侯爵夫妻とその息子に挨拶を返す。
侯爵の息子といっても既に成人している。私の婚約者にと申し入れが何度かあったが、性格に難があると跳ねていた相手だった。
「息子が陛下のご婚約者様にどうしてもお目にかかりたいと申したものですから」
クレモン侯爵夫人が言う。
「まだ婚約段階なのですから、陛下もお考え直されませんか」
「殿下は申し分のないお方です。考え直すことなどありません」
「ははは、我が国は他国の顔色など伺う必要などないというのに、陛下は誠、寛大でいらっしゃる」
クレモン侯爵は息子に前に出るように言う。
「私の三番目の息子のモルガンです」
「陛下、本日も大変お美しいですね。私達が結ばれた折には、その氷の美貌を私の炎で溶かして差し上げたく存じます」
モルガンは、クレモン侯爵と同じ赤みを帯びた金色の髪に、赤茶色の瞳をしている。
甘やかされているのか、尊大な言い分が気持ち悪い。
モルガンは私の嫌悪に気がつかないのか、ステファンに笑いかける。
「殿下、お初にお目にかかります。モルガンと申します。殿下は魔術があまり得意では無いとか。ですが、それでは陛下のご夫君としてお立ちになるのに差し支えがありましょう。是非、そのお役目、私にお譲りいただければと思います」
不遜な物言いに、ステファンが私を伺う。私はステファンに頷いた。
「クレモン侯爵らの不敬、オルテンシアへの侮辱と受け取りましょう。魔術しか取り柄がないから、何度求婚しても陛下に相手にされなかったというのに、何故それに気がつかないのでしょうね。ああ、頭の方も弱いのか。ならはっきり言わないと。本日は陛下と私の婚約披露の宴です。祝って下さるお気持ちがないなら、お帰りくださって結構ですよ」
ステファンのにこやかな侮辱に、クレモン侯爵とモルガンが顔を真っ赤にする。
「モルガン! 殿下にお前の魔術を披露して差し上げろ。きっと、思い違いを正していただけるだろう」
「無礼な物言いの次は、実力行使ですか。陛下の苦労が偲ばれますね」
ステファンが呆れたように言うと、モルガンは激昂する。
「魔術が碌に使えない人間が、偉そうに!」
モルガンはそのまま魔術を発動する。
「偉大なる我が魔術をその身で思い知るが良い! 炎よ。我が意志に従い形を成せ」
途端、炎の龍が姿を現し、ステファンの体に巻き付くと、頭上から飲み込む。
「ステファン!」
私は咄嗟にステファンの身を守るように氷の魔術を発動した。
「陛下。そうやって陛下が殿下を庇われるから、殿下にわかっていただけないのですよ」
クレモン侯爵が尊大に言い放つ。
「私の開いた宴席での魔術の不許可使用。許されるとお思いですか」
「勿論、王国法に従って罰金をお支払い致します。余興の代金と思えば安い物です」
不敬罪を問われるとは思わないのだろうか。呆れると同時に、こんな人物に侯爵を任せていたことに頭が痛くなった。
クレモン侯爵と話をしている間に、ステファンを飲み込んだ炎の龍が内側から弾けた。
「なっ」
「ステファン! 怪我は?」
「陛下が氷魔術を発動して下さったおかげで無傷ですよ」
ステファンは炎の龍を内側から風の魔術で散らしたようだ。魔術の師について学んで貰った成果が出ているのだろう。
だが、クレモン侯爵らはステファンはどうやってステファンが外に出たのかにまでは思い至っていないようだ。
私が手を貸したと思っているのかもしれない。
「陛下のおかげで無事だったからと調子に乗りおって」
「陛下が庇われては、モルガンの実力をわかってもらえません。手出しなさらないでください」
不平を言うクレモン侯爵夫妻に、ステファンが朗らかに言う。
「なかなか面白い余興でしたが、打ち合わせも無く勝手をされては困ります」
「ふんっどうせ陛下に庇われたから無傷だったくせに偉そうに」
モルガンが悔しげに言う。
彼もまた、ステファンの実力に気がついていないようだ。
ステファンもそのことに気がついたのだろう。彼らを挑発するように言う。
「おや、ならば正式に決闘を致しましょうか」
「ステファン、そこまでする必要は無いわ」
考え直すように言うが、ステファンは首を振る。
「今後も夜会の度に彼らに付きまとわれるのは不快です。それに、僕自身が、陛下の隣に相応しいと証明したいのです」
クレモン侯爵夫妻とモルガンの言動が不快だったのだろう。普段穏やかなステファンがモルガンらを見る目は厳しい。
「はは、決闘なら陛下の助力は得られないのに、そんなことを言ってよろしいのですか」
モルガンが調子に乗ったことを言う。
「ええ。ですが、私が勝てば、金輪際、私と陛下の前に出ないと誓ってください」
「勝てると思っていらっしゃるところ申し訳ないが、私が勝てば婚約者の地位を譲ってもらいますよ」
「それがモルガン殿の要求ですね」
ステファンが頷く。
二人を止められないとわかり、私は深く息を吐いた。
「では、決闘には王宮の魔術演習場を貸し出しましょう」
詳細は後日決めることにして、その場での話し合いは終わらせた。
クレモン侯爵夫妻とモルガンは勝つつもりでいるのか、上機嫌に会場を出ていった。
私達は夜会を中座することはできない。
成り行きを見守っていた人の大半は、ステファンを気遣ったり心配したりと好意的な反応だった。
ある程度の素養があれば、炎の龍を散らしたのはステファンだとわかる。
大半の貴族はクレモン侯爵を嫌っていることもあり、ステファンを応援すると口にしていた。
一部、クレモン侯爵と繋がりのある貴族に不快な言動を受けたが、彼らについては今後対応しなければならないと、しっかりと顔と名前を覚えることにした。




