38.婚約披露パーティ
会場に入ると中に居る人は頭を下げていた。
しんと静まりかえった中をステファンにエスコートされて進む。
この国の爵位を持つ貴族とそのパートナー、およびオルテンシア国からの技師らも参加している。
品評会の時よりも更に多い人数だが隣に居るステファンに緊張した様子はない。
普段通りの振る舞いに、私も肩の力が抜ける。
「皆、楽にしてください」
全員が顔を上げたところで、次の言葉を発する。
「本日は私の呼びかけに集まってくれて感謝します。先の品評会に来た者には紹介しましたが、改めて。私の婚約者としてオルテンシア国から参られたステファン殿下です。彼のおかげでノマス領のカメル橋も新造の目途が立ち、また、王宮では新型の温室の建設が進んでいます。今後も我らが国によき風をもたらしてくれることでしょう」
ステファンが一礼して、挨拶を引き継ぐ。
「陛下よりご紹介を賜りましたステファンです。母国オルテンシアとの架け橋となることで、美しきグレイシス国のさらなる発展に寄与できればと思います」
一礼するステファンに、盛大な拍手が上がる。
チョコレートは既に王宮を通じていくつかの貴族家には取引がある。また、温室についても問い合わせが来ていた。そのため、ステファンに好意的な家は意外と増えている。
「この婚約を祝い、本日はオルテンシア国からステファン殿下の妹君であるスカーレット殿下もいらしております」
ホールの中にいるスカーレットに視線が集まるも、優雅に一礼して見せる。
瞳と同じ深紅のドレスを着た彼女は、今日は大人びて見えた。
「どうぞ、わが国の宴を楽しんでいかれてください」
侍従がグラスを配っていく。
注がれた林檎酒を掲げ、両国の友好に乾杯を捧げると宴が始まった。
来賓のオルテンシア国からの技師団は最初こそ端の方で固まっていたが、王宮に仕える者を介して貴族らが接触を図り、話題の中心に引っ張り出されている。
どこも各領地ならではの悩みを抱える領主で、おそらくは解決方法がないかの相談をしたいのだろう。
伝手がない者も彼らの話が終わるのを待っているようだ。
スカーレットも技師団一行と共に話を聞いている。スカーレットには大変だろうが、彼女がいることで一行の扱いは丁寧なものとなっている。他国の王族相手に無茶を言う者もいないだろうし、その点は安心だった。
会場を見まわし、先代となったボードリエ侯爵の姿を探すも見つからない。
来るとは聞いていなかったが、やはり来ていないようだ。
そう結論付けたところで、ステファンから声がかかった。
「シルヴィア陛下。ダンスをお誘いしてもよろしいでしょうか」
「そうね。私達が踊らなければ、誰も踊れないわね」
「陛下、お手を」
ステファンのエスコートに従い、階段を下りてホールに向かう。
私達が進むに従い人が道を作り、ホールまで直線で移動する。
姿勢を整えたところで、楽団がダンス用の曲の演奏を始めた。
婚約者とのファーストダンスはこれまで義務としか考えていなかったが、ステファンと踊っているのだと思うと特別な時間に思える。楽しいと、表情にも出ていたのだろう。
「ヴィ、楽しそうだね」
ステファンが踊りながら囁く。
「ええ。ステフと踊れるのが嬉しくて」
答えると、ステファンの微笑みが甘みを増した。
ふと、踊っている途中に嫌な視線を感じた。
招待した全員がこの婚約に好意的とは思っていないが、それにしても不愉快だ。
誰だろうと視線を感じた方向をダンスの途中で意識すると、品評会でステファンの存在に不快感を示していたクレモン侯爵の姿が見えた。
「どうかした?」
「少し、注意した方がいい方々がいらっしゃったようだから」
ステファンに理由を告げると、頷いている。
「気を付けておくよ」
「ええ」
その場にいる全員の視線を受けながら、最後の回転を決めると、拍手が満ちた。
ダンスを終え、壁際に向かうとローランドとリサが近づいてくる。
「陛下、殿下。ご婚約、まことにおめでとうございます」
「ありがとう。リサも会うたびに元気になってくれて嬉しいわ」
治療薬を飲んだ後も完治するまでは王宮にとどまってもらっているが、最近は会う時間が作れていなかった。
「陛下と殿下およびオルテンシア国の方々のおかげです」
「その節は本当にありがとうございました」
ローランドが言い、リサが感謝を告げる。
「私達は、何があろうとお二人をお支えします」
「デュフォ公爵らのお気持ち、感謝します」
ステファンが微笑む。
この国唯一の公爵家であるデュフォ公爵がステファンを支持する言葉に、まだ態度を決めかねていた貴族が動き出すのが見える。
挨拶が終わった所で、リサが目を輝かせて言う。
「先ほどのダンス、とても素敵でした」
「はい。お二人の仲の良さが伝わってくるようなお姿でしたよ」
「そう見えたかしら?」
「ええ、とても。息もぴったりで、お似合いでした」
「そう見えていたなら嬉しいです」
嬉し気な声に隣を見ると、ステファンは私に微笑みかける。なんだかそれが気恥ずかしく、私は扇で口元を隠した。
「ふふ、陛下が照れていらっしゃる姿を見られるなんて、本当に来られてよかったです」
「リサ、言いすぎだ」
「いいのよ。リサなら許すわ」
ローランドがリサを嗜めるも、リサに堪えた様子はない。私もリサに言われるのは不快でない。
少し歓談したところで、ローランドがはっと周りを見回した。
「あまりお二人を独占してはいけませんね。それでは、私達も挨拶にまわります」
「ええ。またお茶会にお呼びします」
「お呼びいただける日を楽しみにお待ちしています」
去り際に、リサが「デートに行かれたお話、今度聞かせてくださいね」と囁くので、私はしばらく顔色が赤いままだっただろう。
その後、リサ達と入れ替わりにいくつかの家から挨拶を受けたところで、クレモン侯爵が近づいてくるのが見えた。
侯爵と共に夫人がいるのはわかるが、ご子息も一緒に付いてきていることに嫌な予感を覚える。
「ステファン、ちょっと面倒ごとが来るかもしれない」
「そうみたいだね」
ステファンも気が付いていたようだ。
「私の国の貴族が失礼なことをしそうだから、先に謝っておくわ」
「シルヴィアが謝ることはないよ」
小声で会話していると、彼らの視線が険しさを増す。
これも乗り越えなければいけない試練のようだ。
憂鬱さを飲み込んで、ステファンと共に彼らと対峙した。




