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氷の薔薇がとけるまで 遺言で知った婚約者に、政略結婚を望んでいたはずの女王陛下は恋に落ちる  作者: 乙原 ゆん


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32.お茶会3

 あの事件以来、スカーレットは目に見えて大人しくなった。

 どうやら、あの後ステファンも王族としての自覚を持つようお説教をしたようだ。

 他国での失態に加え、万一スカーレットが傷ついていれば、下手をするとブラハシュの首が飛ぶ事態となっていた。

 ステファンも厳しく対応することにしたらしい。

 だがそのおかげか、スカーレットはブラハシュと他の技師らにも謝罪し、振る舞いにも落ち着きが出てきている。

 今回のことが彼女の成長に繋がればいいと思う。


 ボードリエ侯爵はこの騒動の間に引継ぎを終えたと出仕を休んでいる。

 侯爵の屋敷には、使者を送っても丁寧に追い返されてしまう。

 直接話をしたいのだが、訪問の先触れも追い返されてしまうため面会もできない。

 それでも、辞職を認めることができなかった。

 ボードリエ侯爵は休暇として扱うよう指示していた。

 侯爵が行っていた仕事は引き継ぎを受けたと、もともと宰相補佐の職に就いていた侯爵の実子のクリストフが挨拶に来た。

 彼を宰相に就けるべきだろうが、彼には事情を話した上で今の職位のままで仕事をしてもらうことにしている。

 侯爵の急な引退宣言にクリストフの方も戸惑っていたため、そのことに同意してくれていた。

 むしろ、父が申し訳ないと頭を下げられてしまう。


「父も意固地になっている部分があるようです。陛下、しばし時間を置かれてみることをご提案します」

「今すぐの面会は諦めます。でも使者は送り続けるわ」


 手紙をしたため、毎回追い返されてくる使者に持たせる。

 使者が戻るたびに、新しい手紙を書き直している。使者の往復が十回を超えたあたりで、とうとう侯爵が手紙を受け取ってくれた。返事は「私などに時間を割く余裕があるのならば、その分民のために時間を使うべきです」というなんとも素気ない物だった。それでも侯爵の返事が嬉しく、私は頻度を落とし、侯爵との文通を続けている。

 まだ面会は断られるが、時間をかけるしかないだろう。



 そうしている間に、リサのための茶会の日となった。

 事件があり、スカーレットは出席するかどうか迷ったようだが、茶会などは場数を踏むことも重要だ。今回は失敗を咎める人はいないということで、ステファンが説得したらしい。

 茶会の場所は、以前ステファンと朝食を食べた温室だ。

 今日のために、少し大きめの白い円卓を運び込んでいる。

 季節柄、暖炉に火は入っていないが、大きな窓から差し込む光は明るく、部屋は温かい。

 開け放された窓からは、爽やかな風が吹いてくる。

 その風に、甘い匂いが香った。少し季節が早いが、この温室の気候で白薔薇とライラックの花が咲いているのだ。

 温室の前に、馬車が二台停まった。

 一台目からステファンとスカーレットが降りてくる。

 挨拶を交わしたところで、二台目からリサとローランドも降りてきた。

 化粧で誤魔化しているが、リサの顔色はあまりよくない。

 寝込む程の不調は最近は無かったと聞いているが、病状はあまり良くないのかもしれない。しかし、彼らも何も言わないのだ。気づかないふりをして、挨拶を交わす。


「ようこそいらっしゃいました」

「ご招待いただき、ありがとうございます」


 挨拶を終えたところで、まずはスカーレットを紹介する。


「デュフォ公爵とリサ嬢にご紹介します。こちら、オルテンシア国から参られたスカーレット殿下です」

「本日は皆様にお会いするのを楽しみに参りました」


 スカーレットが挨拶を返す。


「スカーレット殿下、こちら、私の従兄となりますデュフォ公爵と、その妹のリサ嬢です」

「ローランドとお呼びください」

「スカーレット殿下のお話をお伺いするのを楽しみに参りました。よろしくお願いします」


 好意的なリサとローランドの挨拶を受け、スカーレットも少し緊張が取れたのか微笑みが浮かぶ。

 それを見て、私は言う。


「あちらに席を設けています。ご案内しましょう」


 温室に案内し、席順は私の右手にリサとローランドが座り、左手側にスカーレットとステファンが座った。

 ローランドとステファンは隣同士だ。

 テーブルの上に、侍女がお菓子を運んでくる。

 チョコレートや氷蜜林檎のパイなど、どちらの国の物も取りそろえている。

 リサがチョコレートを見て目を輝かせた。


「以前、お見舞いにチョコレートを陛下に頂いてから、大好きなのです」


 リサの言葉にスカーレットも笑顔になる。


「私も大好きです。それに、本日は林檎パイもあるんですね」

「お好きなのですか?」

「はい。こちらの国の物があまりにも美味しくて、好きになりました」

「氷蜜林檎で作ったパイは美味しいですものね。林檎自体は召し上がられました?」


 スカーレットとリサは、会話が弾んでいるようだ。

 二人の姿を、ローランドもステファンも微笑ましく見つめている。

 気が付くと話はオルテンシア国でのスカーレットの話に代わっており、リサが感心したように聞いている。

 その話題にはステファンもローランドも会話に加わり、盛り上がった。

 一通り会話したところで、ローランドが木々の奥に置かれていた物に気が付いた。

 この温室でお茶会をすると伝えたので、準備の者が手配したのだろう。

 ここでお茶会をするのは冬場が多く、その時は腕に自信がある者が演奏していたと聞く。


「あれは、ピアノですか?」


 スカーレットがピアノという言葉に目を輝かせる。


「お兄様のピアノ、久々に聞きたいです」

「一流の音楽家の演奏に親しんでいらっしゃる皆様には、私の腕前ではお耳汚しかと思うのですが……」


 ステファンは自信なさそうに言う。


「私も聞きたいわ」

「私も!」


 私の後にリサも賛同し、ローランドも頷いている。


「それでは、僭越ながら」


 ステファンが渋々立ち上がり、ピアノの方へ向かう。

 座椅子を調整して、一通りピアノの音を確かめると弾き始めた。

 一曲目はオルテンシア国で有名なのだろう。私には馴染みのない曲だが、スカーレットはうっとりと聞いている。力強いながらも優しい調べに、ステファンの自信がない様子は謙遜だったのだと思う。

 そして、二曲目は古くからあり、グレイシス国にも伝わる春をイメージした名曲だった。

 演奏が終わると、全員立って拍手をする。


「すごいわ。ステファン、こんなに上手だなんて聞いていないわ」

「お兄様! 素敵でした!」


 私とスカーレット以上に、リサが興奮している。


「とても素敵でした! ステファン殿下がこんなにもピアノの演奏がお上手なら、いつかみんなで演奏会をしたいわ」

「そうだね。陛下と殿下にお願いしよう」


 ローランドがリサの言葉に同意している。


「リサ嬢、何かリクエストがありましたら、お伺いしましょう」


 ステファンの言葉に、顔を輝かせてリサが言う。


「まぁ! 陛下を差し置いて私がリクエストをしてもよろしいの?」


 リサが私を伺うように見るので、私は微笑みながら頷く。


「ええ。私はこれからいつでもステファンにお願いできるもの」

「でしたら、もしご存じでしたら――」


 その時だった。リサが咳込んだ。口元をハンカチで抑えているが、咳は長く続き、顔色が青い。


「リサ?」


 ローランドが背をさするが、リサの体から力が抜ける。


「リサ、リサ!」


 ローランドの呼びかけに、リサはかろうじて目を開いた物の、すぐに閉じてしまい、そのまま意識を失ってしまったようだ。

 このまま屋敷まで馬車で移動させるのは無理だと判断し、対応を考える。


「ローランド、王宮に部屋を用意させるわ」

「感謝します」


 私の言葉を受け、侍女が王宮へと連絡し、馬車がこちらへ回されてくる。


「ステファン殿下、スカーレット殿下、お茶会の途中で申し訳ありませんが、本日はこれまでとさせてください」

「もちろんです。リサ嬢に早く手当てをしてあげてください」

「ええ。リサ嬢を優先してさしあげてください」


 ステファンとスカーレットの言葉に、ローランドが礼を言い、リサを抱き上げて馬車へと向かう。


「スカーレットは私が送って帰るよ」

「ステファン、ありがとう。助かるわ」


 侍女に、ステファン達の馬車も回すように伝える。

 用意していた土産物も渡すように伝え、私も城での手配に向かうのだった。

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