31.謝罪
その日のうちには、第三騎士団から被害の状況が報告された。
一番酷いのは、爆発のあった部屋。次にその部屋に隣接した部屋と、その上下階にある部屋だった。
部屋の中の物はすべて壊れ、窓は割れ、壁や扉は吹き飛んでいるという。
死者が出なかったのは幸いだろう。
スカーレットは守護の魔術を発動するブローチを所持しており、ブラハシュも体が吹き飛ばされて打撲はあるようだが、大怪我には至らなかった。
他の部屋は比較的軽微な被害だそうだが、修理するにしても、改装するのと変わりない結果になるだろう。
スカーレットはあの後医師の診察を受け、手当てをしてある。
夕刻意識が戻り、記憶なども問題がないそうだ。
彼女に怪我がなくて何よりだった。
現在、オルテンシア国からの技師らには、爆発の影響のない区画に部屋を変えてもらっている。
数日後、ブラハシュとスカーレットから面会の申し込みがあった。
事故の説明をするという。ステファンと事故の対応にあたった第三騎士団の騎士団長ドミニクも同席している。
謁見室に入ってきたブラハシュとスカーレットの二人は、まずは頭を下げた。
「この度、グレイシス国の王宮をお騒がせしたこと、お詫び申し上げます」
「謝罪を受け取るかは、説明を聞いてからに致します」
ブラハシュが頷く。
「あの事故は、魔鉱石に魔力を込めすぎたことによる暴発事故にございます。陛下よりお預かりした魔鉱石は、魔力を加えるとそれを増幅して返す性質がありました。どの程度の魔力に耐えられるのかを追及するあまり、魔力を込めすぎた故のことでございます」
「それはブラハシュ殿が研究なさっていたのですか」
「主に私が行い、スカーレット殿下にもお手伝いをお願いしておりました」
「ブラハシュ殿は別の部屋で救助されています。爆発の起きた部屋でスカーレット殿下が倒れていたのはどう説明して頂けるのでしょうか?」
ドミニクが言う。
「スカーレット殿下がいらっしゃる時に、たまたまその前に込めていた魔力が暴発したと思われます。私達を信頼し預けてくださったにもかかわらず、このような事故を起こしてしまい陛下には申し訳なく思います」
ブラハシュが頭を下げるも、誰もその言葉が真実とは思わなかった。だが、それを指摘する前に、スカーレット自身が声を上げた。
「違うわ。ブラハシュは悪くないの。むしろ、まだ大丈夫と調子に乗っていた私を止めていたわ」
「殿下! おやめください。私に任せてくださいと申し上げたではありませんか!」
ブラハシュが焦ったように言う。
「でも!」
「殿下、お願いいたします!」
「ブラハシュ少し黙ってくれるか。スカーレット、本当は何があったんだい?」
ステファンがスカーレットの発言を促す。
「あの魔石の性質は、ブラハシュが説明したとおりの物です。魔力を込めると、増幅して返す。そして、込める量を増やした分だけ増幅率も増えていく。これまで見たことがない性質で、大発見になると思いました」
スカーレットは、顔を青くさせながらも続ける。
「あの魔鉱石を使うと今までにない技術で新しい道具を作れるって、私はすごい発見だと浮かれていました。新しい道具を作るには、どのくらい魔力を増幅するかの増幅率と、魔鉱石が許容する魔力量を算出しないといけません。実験で出した魔鉱石の魔力容量を見積もる式では、あの魔鉱石にはまだ魔力を受け入れるだけのある余地があると思っていました。ブラハシュは未知の性質の物を扱うのだから安全率を大きめに取った方がいいって私を止めていたわ。でも、私は計算ではまだ大丈夫だったから、彼がいない間に勝手に研究を進めようとしたの」
スカーレットは言葉に詰まる。
「それで、彼が別の部屋にいる間に、スカーレットが魔力を込めたんだね」
ステファンの言葉に、スカーレットは頷いた。
「お兄様の仰る通りです。私はブラハシュの言葉を軽んじて、計算で出した限界ぎりぎりの魔力を注いでしまった。そしたら、あの魔鉱石は、予想以上に大きく魔力を増幅してしまった。そのせいで魔力を受け止めるはずだった術式が壊れて、あの暴走事故を起こしてしまったのです」
「そうだったの」
私は深く納得した。
「シルヴィア陛下、この王宮に多大な被害を出してしまったこと、申し訳ありません」
頭を下げるスカーレットは、今までにみたことがないほど凹んでいるようだった。
「私の管理下で起きた事故ですので、すべての責任は私にあります。どうか、責任を追及されるのでしたら、私に」
ブラハシュがスカーレットを庇うように前に出る。
その様子に、ステファンが言う。
「……ブラハシュはどうしてスカーレットを庇うんだい?」
「殿下の未来に、一点の傷も残してはなりません」
その言葉に、スカーレットは驚いたようだ。
「私は勝手についてきたのよ! 今回のことだって、私がブラハシュの言うことを聞かなかったからだわ。ブラハシュが庇う必要はないじゃない」
「そうはいきません。私はオルテンシア国の陛下より、国にいた際より、スカーレット殿下をくれぐれもよろしくと言われております。それに、この技師団では、代表としての任務を拝命しております。殿下の同行は予定になかったとはいえ、技師団の一行としてグレイシス国に参ったからには、技師団の不始末は私の責任です」
「立派な心掛けです」
全員の視線が私に向かう。
「スカーレット殿下。正直に話して下さったことは感謝します。ですが、責任をお感じになるのならば、今後はブラハシュ殿の指示をきちんと聞いてください」
スカーレットは、項垂れる。
「お二人に大きな怪我がないのは幸いでした。謝罪は受け入れます。しかし、賠償はしていただきます。今回は幸い、グレイシス国の民に被害はありませんでした。また、ステファン殿下を通じて、オルテンシア国の国王陛下にも今回の件を伝えてあります。話し合いの結果、今回のことを他言しない代わりに新カメル橋の建造をオルテンシア国が費用をお持ちくださることになりました」
スカーレットが驚いたように目を見開く。
ブラハシュは覚悟をしていたのか、思ったよりも落ち着いているようだった。
本当は城の修理も打診されたが、王宮に他国の手を入れるわけにはいかない。
「また、ブラハシュ殿、スカーレット殿下に預けた魔鉱石に関しては、その新しい特性についてお二人に任せきりにするのは問題でした。一旦、魔鉱石を返却願います」
「かしこまりました」
残念そうだが、ブラハシュとスカーレットは私の言葉を受け入れた。
いずれはグレイシス国からも魔術師を選定し、共同研究という形にしたい。
しかし、今は時期尚早だとも結論付けた。
「研究を再開する場合は、オルテンシア国にも声をおかけします。それまでは、この件についても、他言無用でお願いします」
「陛下のご配慮、感謝致します」
「では、今回の件は、これにておしまいとします」
スカーレットは大分こたえたようだが、ステファンやブラハシュなど周りの大人がフォローするだろう。
ステファンからは、残って二人と話をしたいと聞いている。
私はドミニクを連れ退室した。




