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氷の薔薇がとけるまで 遺言で知った婚約者に、政略結婚を望んでいたはずの女王陛下は恋に落ちる  作者: 乙原 ゆん


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29.ボードリエ侯爵の決断

「待たせたかしら」

「いいえ。本日もシルヴィア陛下とお会いできて光栄です」


 ステファンが挨拶と共に手の甲に口づけを落とす。

 いつもながらステファンの丁寧すぎる挨拶を受けながら、毎回飽きないものなのだろうかと少し思ってしまう。

 エスコートを受け、王宮内の廊下を進む。

 ステファンに、迷う様子はない。


「もう、この王宮にも大分慣れたようね」

「僕がこちらに来てから、もう二ヵ月は過ぎましたから」

「そんなに経つの」


 ステファンの返事を軽い驚きと共に受け取る。

 でも、考えてみると、もう今はステファンが隣に立つことに違和感はなかった。


 そうしている間に、青鹿の間に着いた。


「こちらにどうぞ」


 ステファンのエスコートで着席すると、侍女が配膳を始める。

 今日のお菓子はベリーをメインにしているらしい。

 青紫色が鮮やかなブルーベリーのタルトに、赤い宝石のようなラズベリーのタルト、季節が終わってしまったストロベリーは、ジャムとしてクロテッドクリームと共にスコーンに添えられている。

 ティセットもストロベリーの絵付けがされていて、とても可愛らしい。

 それを眺めながら、私はステファンに言わなければいけないことを思い出した。


「ステファン、リサからお茶会を開いてほしいと言われているの」

「もうご回復なさったのかい?」

「調子はいいみたい。でも、まだ無理はさせられない感じね」

「僕は構わないよ」

「ありがとう。それで、ステファンの妹殿下の来訪のことも聞いたみたいで。スカーレット殿下のお話もお聞きしたいって言っているの」

「スカーレットに会いたいってことだね」

「それで、ステファンの意見を聞きたいのよ」

「うーん。知ってると思うけど、スカーレットは社交は苦手だ。この間みたいに何か失礼なことをしてしまうかもしれないよ。それでも大丈夫だろうか」

「スカーレット殿下は社交には慣れていらっしゃらないと伝えているわ。それでもリサは自分より若いのに活躍している殿下とお話してみたいって言っているの。お茶会は私が主催するから、何かあっても不問とするわ」


 ステファンはほっとした顔をする。その場で最も身分の高い私が問題ないと言えば、誰も何も言うことができないからだ。


「それなら安心かな。スカーレットを呼んでもらうと妹にも勉強になるだろう。出席するよう伝えよう」

「感謝します。招待状は改めて送るつもりよ」


 ステファンは首を振る。


「感謝するのは僕の方だよ。王族としては社交は必須だ。オルテンシアでは無作法も天才だからと大目に見られているけれど、本当はそれではいけないんだ。意識を変えるきっかけになってくれるといいんだけれど」


 ステファンは息を吐いた。


「ごめん。こんなこと言われてもシルヴィアは困るだろう」


 そう言って微笑むステファンに、私は首を振る。


「私は兄弟姉妹がいないけれど、ステファンみたいな兄がいたらきっと嬉しいわ」


 ステファンは目を瞬かせる。


「ありがとう。シルヴィアにそう言って貰えると嬉しいよ。けど、正直、僕はシルヴィアの兄でなくてほっとしている」

「どうして?」

「兄なら、婚約者になれないだろう?」


 当然、という顔で微笑むステファンを直視してしまい、私は思わず固まった。

 じわじわと頬を登る熱に顔を俯けると、目に入ったティカップを持ち上げる。


「少し、意識してもらえているみたいで嬉しいよ」

「なんのことかしら」


 我ながら無理があると思いながらの返事に、ステファンが小さく笑いを漏らす。

 私は冷えてしまったお茶を飲み干し、侍女におかわりを所望するのだった。



 翌日、ブラハシュからノマス領のレポートが届いた。

 持ってきたのはブラハシュで、スカーレットは魔鉱石の解析に夢中だという。

 カメル橋は今回橋桁が流されてしまったことから、最新式の構造を使ったつり橋にするようだ。予算もそちらの方が安い。

 一通り読み、問題ないだろうと判断する。

 続く魔鉱石の方は、幸い、鉱脈が含まれる山地に氷蜜林檎の果樹園は作られていないようだ。

 私は意を決し、侍従にボードリエ侯爵を呼ぶように伝えた。

 ボードリエ侯爵が到着すると、執務室の人払いをする。


「オルテンシア国の技師の調査結果が出ました。読んでおいてください」


 レポートを渡すと、侯爵はそれをぱらぱらとめくると私を鋭い視線で見る。


「それで、人払いまでしてお話はなんでしょうか」

「魔鉱石と一緒に、ミスリルの原石も取れるそうです」


 私の答えに、侯爵は目を瞬かせる。


「グレイシス国を陥れる謀略か何かですか」

「そんなわけないでしょう」


 私はスカーレットから受け取り、鍵をかけた引き出しにしまっておいたミスリルの原石を侯爵に手渡す。


「これがそうですか」

「侯爵も見たことはないのですか?」

「さすがに。加工されたミスリルは見たことがありますが、原石は目にする機会がございませんので」


 侯爵は原石に向けていた目を私に注いだ。


「それで、陛下はいかがなさるおつもりですか」

「すぐにとは言わないけれど、いずれは鉱山を拓きます」


 侯爵はしばし沈黙の後、苦し気に言う。


「氷蜜林檎も、この国の伝統的な方針もすべてお捨てになりますか」

「問題を埋めたまま次代に繋ぐよりも、私の世で問題を洗い出すべきだと思いました」

「陛下のお考えはわかりました。そういうことでしたら、私では今後の陛下のご治世に力不足でしょう。幸い後進も育っておりますし、引継ぎが終わり次第、出仕を差し控えたいと思います」

「ボードリエ侯爵?」


 言われた意味がわからず茫然とする。

 いや、意味はわかる。侯爵は辞職するといっているのだ。

 だが、納得できない。


「侯爵が辞職する必要はありません」

「いえ、最近特に感じておりましたが、私では陛下をお支えする力が足りません」

「許しません」

「何卒ご容赦を。お話が以上でしたら、準備がありますので御前失礼致します」


 そう言うと、侯爵は引き留める間もなく執務室を出ていった。



 私は茫然とその姿を見送る。

 まさかあのような決断を侯爵が下すとは思わなかった。

 そこまで追いつめてしまっていたのだろうか。

 だが、どうすべきか考えても、最善と思える方法は変わられない。

 侯爵への対応を考えていたところで、第三騎士団長のドミニクの訪問を告げられる。

 ドミニクは入室するなり、膝をついた。


「陛下。失礼いたします。先程、オルテンシア国の技師団が滞在している区画より大きな爆発がありました。近くにいました第三騎士団が対応にあたっているところです」

「スカーレット殿下の安否はわかりますか」

「それが、爆発があった付近が殿下のいらっしゃった場所のようで、まだ救助できておりません」、

「わかりました。私も向かいます」


 私はドミニクについて執務室を後にした。

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