23.散歩
数名の技師を残し、ブラハシュらのオルテンシア国の技師の一行がノマス領へと旅立った。
スカーレットも彼らについて行き、王宮は落ち着きを取り戻した。
そんな中、私は執務室にボードリエ侯爵の訪問を受けていた。
「陛下。オルテンシア国に派遣する魔術師の候補をお持ちしました」
侯爵から受け取った書類をめくると、本人の氏名と経歴、得意な魔術などが書き込まれている。人数は数十名を超えていた。
もともとステファンとの婚約に織り込まれていた条件だが、オルテンシア国から技師を派遣してもらったため、彼らの帰途にあわせて魔術師も派遣してはどうかという話が出ているのだ。
「これは、希望を募ったのですか?」
「告知を行っていましたので市井から王宮へ希望を申し出た者と、王宮に勤める者から適性を見て選んだ者の半々です」
より詳しく見ると貴族家出身者は次男や三男の爵位を継ぐ予定のない者が多く、爵位は最高でも伯爵家出身の者のようだ。
ボードリエ侯爵が言う。
「『魔術の研究に協力』との文言もあるので、あちらで研究に携わることもあるでしょう。ここから魔術理論への理解度の確認、実技試験、面接を行い、最終的に十名前後に絞る予定です」
「試験については任せますが、最終面接は私も行います」
「かしこまりました」
国民は今まで国外に出ることがほとんどなかった。外に出ることに強く忌避感を抱くようであれば本人のために外した方が良いだろう。それに、オルテンシア国に行った後、あちらの求める水準を満たせなければ恥をかくのはこちらだ。その点の確認も必要だった。
大体の日程を聞き、最終面接日が決まったら知らせるように伝えると侯爵を帰した。
時計を見ると、次の執務に取りかかるには微妙な時間だった。
ふと、ステファンの顔が思い浮かぶ。この時間はステファンは魔術の練習をしていると聞いている。
散歩がてら見に行くことにして護衛を呼んだ。
やってきたのはドミニクだった。
「護衛はドミニクがしてくれるのね」
「はい。陛下のお呼び出しに応えられる者が他におりませんでしたので、私が参りました」
「突然だったから、申し訳ないことをしたかしら」
「陛下のお役に立て、光栄に思います」
「よかった。これから魔術の演習場まで行くので護衛をよろしくお願いね」
「かしこまりました」
ステファンが魔術を練習しているのは騎士団の側にある魔術の演習場だ。
王宮に勤める魔術師は王宮内に研究室を持っている。この演習場は魔術が外に影響しないように作られていて、新しく生み出した魔術を試したり、騎士団との演習で使っていた。
演習場は円形闘技場のような形でグラウンドを囲むように見学席がある。その中でも王族が観覧する席は演習場に面する部分がガラス張りの小部屋になっていた。そのガラスも通常は魔術がかかっていて、演習場からは見えなくなっていた。必要な時のみ魔術を解除できるようになっているのだ。
今日は見学に行くとは伝えていない。ステファンの邪魔するのは本意ではないため、演習場に作られた王族用の見学席に入った。
演習場では用意された的にステファンが魔術を発動させていた。後ろで教師役をお願いした魔術師がその姿を見守っている。
「あれは、風魔術の中級の技かしら」
ドミニクも興味があるのか、ステファンの様子をじっと見ている。
ステファンが発動させているのは、風嵐――風で小さな竜巻を起こし、その中の対象物に風の刃で攻撃するという魔術だ。
ステファンはあまり魔術に対する自信はなさそうだったが、言うほど使えないわけではないようだ。
あの魔術はコントロールが悪いと竜巻が大きすぎて被害が想定を超えてしまったり、逆に小さすぎて対象に思ったようなダメージが入らなかったりするのだ。見たところ、そのどちらでもなく、きちんと制御できているようだった。
「次は、上級魔術に挑戦するみたいね」
教師役の魔術師がステファンと的を囲む結界を張る。次に挑戦するのは、上級技で一番難しい、暴風雨――対象エリア内に雷雲を呼び、風で拘束した対象に落とす技だが、どうやらそれを試すようだ。
ステファンを中心に魔力が渦巻き、雷雲が招聘される。結界内に、雷が轟き、新しく用意された的に雷が落ちる。雷は的を半分焦がし、魔術が終息した。
茫然とするステファンに、魔術師が声をかけている。雷の威力にまだ改の余地があるのだろう。
けれど、上級魔術が使えないと言っていたところから発動までこぎつけるのは、並大抵の努力で出来ることではない。
ステファン本人はあまり練習の内容を話したがらなかったが、どれだけ魔術の練習を重ねていたのだろうか。
「……努力家なのね」
その後、ステファンは魔術師に言われたのか、風魔術の初級に切り替えた。あの教師は基礎的な訓練が魔術の腕を向上させるという方針で私も指導を受けていたので、おそらくはあの暴風雨の発動を見て、もう少し基礎訓練が必要と判断されたのだろう。
ステファンを見守りながら、ふと、ドミニクはどう思っているのか聞くのに今がいいチャンスなのではないかと気が付いた。
ボードリエ侯爵は私の婚約者にドミニクを推すつもりだった。そのことを、ドミニクも知っていると聞いている。
今後、ステファンも含めて守ることになるが、他意なく守れるものだろうか。
「一部の者に王配に他国の者を迎えることを忌避する者がいるようです。ドミニクは、ステファン殿下のことをどう思いますか。忌憚なき発言を許します」
ステファンからドミニクに視線を移すと、ドミニクはさっとひざまずいた。
「正直に申し上げますと、最初は不安がございましたが、今は陛下の次に守るべきお方だと思っております」
ドミニクの返答は意外だった。
「ボードリエ侯爵よりドミニクを王配に推すつもりだったと聞いていますが、本来自分が立つかもしれなかった立場に未練はないのですか」
ここで答えを得たからと言って、それがドミニクの本心とは限らない。それでも、ドミニクの気持ちを聞いておきたかった。
「私は武術大会で優勝した功績で宰相閣下の養子に迎えて頂きました。今も十分身に余る厚遇を得ています。もともとの身分では騎士団の団長職にも就けなかったでしょう。正直に申し上げて、侯爵閣下から初めてお話を頂いた時は、このような自分には勿体なさすぎるお話と思いました。私ごときの意見を申し上げるのは僭越ですが、より相応しい方がいらっしゃるならば、その方がお座りになるべきことだと思っております」
「ドミニク自身は王配になりたいという気持ちはないのかしら」
「……最初は夢を見ておりました。しかし今は、私ではどう考えても力不足と理解しました。私は騎士として陛下を脅威からお守りすることはできます。ですが、ノマス領での件で実感致しました。私にステファン殿下のような役割は果たせません。これから、この国が必要とするのはステファン殿下のような方だと思います。さらに言うなら、私以外のこの国の誰もが、かの方の代わりにはなりえないでしょう」
「ステファンを、認めてくれているのね」
「認めるなど恐れ多いことです。陛下が望まれるならば、私は陛下とステファン殿下に忠誠を誓います」
「ドミニクの考えはわかりました。言いにくいことを聞かせてくれてありがとう」
感謝を告げると、ドミニクは深く頭を下げた。
「では、ステファン達に鉢合わせしないようにそろそろ戻りましょうか」
「かしこまりました」
少し長めの散歩を終え、ドミニクに執務室へと送ってもらった。




