22.スカーレット
予想外のスカーレットの来訪だったが、今のところ問題は起きていない。
あの後確認したがスカーレットはまだ十四歳とのことだった。あの言動も、オルテンシアでは許されてきたのだろう。
そのスカーレットは技師達と行動を共にし、温室を建てる場所を確認後、雪の荷重への対応を検討している。
謁見の際に話した印象とは異なり『天才』と呼ぶにふさわしい働きぶりだ。
ステファンは何度かスカーレットに会っているそうだが、今のところは彼女の来訪理由はわかっていない。
そんな中、スカーレットから私への面会の要望がステファン経由でもたらされた。
ステファンはスカーレットを私に会わせるのが不安なのか、心配そうな顔をしている。
「温室の方はもう一段落したのですか?」
手紙を持ってきたステファンに尋ねると、ステファンは頷く。
「そう聞いています。設計は終わったので、これからこの国の方と共に建造に入るそうです」
「資材も持っていらしていたものね」
いくつかはこの国で発注を受けたが、鉄材はオルテンシア国産の方が質が良い。おそらく、彼らもそれを見越して持ってきたのだろう。
「今後、王宮には数名が残り、他はノマス領へ向かうことになるかと」
「つまりノマス領に行く前に会いたいということね」
「そうだと思います。しかし、シルヴィア陛下のお気が乗らなければ、お断りくださってもよろしいかと思います」
「あら。ステファン殿下の妹君からのお誘いを私が断ると思って? そうね。折角だからお茶会にご招待しましょう」
微笑みを浮かべると何故かステファンはより心配げな表情を浮かべた。
「そのお茶会、私も一緒に参加しても構わないでしょうか。スカーレットが失礼な言動をしないか心配なのです」
「もちろん。優しいお兄様ね」
答えると、ステファンは明らかにほっとした顔をした。
折角気候の良いこの季節。作り込まれた庭がよく見える城のテラスでお茶会を開くこととした。
今日のお茶菓子はこの国の氷蜜林檎で作ったパイと、ホイップクリームと林檎ジャムを添えたスコーン。そして薔薇の焼き菓子だ。テーブルの上にはそれらが美しくセッティングされている。
準備を確認し、二人の到着を待っていると、スカーレットがステファンにエスコートされてやってきた。今日は技師の制服ではなく、薄い桃色のかわいらしいドレスを身に着けている。
「本日はお誘いくださりありがとうございます」
「お招き感謝いたします」
ステファンに言われているのか、スカーレットが丁寧にお辞儀する。
どうやら、ステファンとは仲がいいらしく、先日の勝気な様子は今のところは見えなかった。
「ようこそいらっしゃいました。お二人とも、おかけになって」
二人が着席すると、侍女がお茶を淹れてくれる。侍女が下がると、二人に言う。
「本日は非公式な場です。お二人とも、楽に話されてくださいね」
「感謝します。では、いつもみたいにシルヴィアと呼ばせてもらうね」
ステファンが言うと、スカーレットも続く。
「わかりました。では私もシルヴィア様とお呼びしてもよろしいですか」
ステファンがうめいて額を抑えた。咎めようとするステファンに笑って首を振り、スカーレットに答える。
「ええ。どうぞ。私もスカーレットと呼ばせてもらうわ」
私の言葉に、スカーレットがむっとした顔をした。
その様子は毛を逆立てた子猫のようで可愛らしい。おそらく社交は不得意なのだろう。
「さぁ。我が国自慢の氷蜜林檎で作った菓子をどうぞ召し上がってください」
ステファンが礼を述べ林檎のパイを皿に取る。そしてスカーレットにも取ってやっている。
「スカーレット、このパイは僕もとても気に入っているんだ」
「へぇ」
深紅の瞳が興味深げにパイを見つめている。スカーレットはステファンに促されて、ナイフでパイを切り分けると、口へ運んだ。すると、驚きで瞳が丸くなる。
「おいしい!」
「だろう?」
なぜか得意げに言うステファンに、胸の奥がくすぐったい。
「気に入ってくださって嬉しいわ」
私の言葉に、スカーレットは瞬時に警戒心を表す。
「食べ物が美味しいからって、私はあなたのこと認めていないんだから」
「スカーレット、シルヴィアに失礼だ。謝りなさい」
顔をそむけるスカーレットに、ステファンが謝罪をする。
「シルヴィア。申し訳ありません」
「その程度のこと、謝罪は不要です」
「陛下の寛大な御心に感謝します。スカーレット。オルテンシアでは許されたが、ここは自国ではないのだ。きちんとした振る舞いをしなさい」
「……申し訳、ありませんでした」
ステファンに促されスカーレットは謝罪を口にするが、おそらくは本心からではないのだろう。目は不服そうだ。
「謝罪を受け入れます。ところで、スカーレットは、ステファンを連れ帰りに来たの?」
私が話題を掘り返すと、ステファンが驚いた顔をした。
だが、少し見ただけでもステファンは年の離れたこの妹に甘いようだとわかる。ステファン経由で聞くよりはここで聞いた方が早いだろう。
「失礼だとかそういうことは気にしないで。スカーレットが来た理由を知りたいのだけれど」
私が続けると、スカーレットはステファンを仰ぐ。
「スカーレット、僕にも教えてほしいな」
ステファンの後押しに、スカーレットは渋々口を開いた。
「お兄様が婿に行かれる国のことを知りたかったのです。お兄様は優しくて、建築とか魔導とかの道に私が興味を示しても、女の子だからってやめるように言わなかった。むしろ、私が学べる環境を整えてくださって、後押しをしてくださった。でも、そんなお兄様の悪口も言う人は多くて。この国の情報は少ないし、もしこの国でお兄様が大切にされていないなら、連れて帰ろうと思ったの」
ステファンは、スカーレットの言葉に驚いていた。
「スカーレットは、そんなことを考えていたのかい」
真剣な表情でスカーレットは頷く。
「しかも、グレイシス国に行かれて早々、お兄様からは大兄様宛に技術者やチョコレートを送ってほしいって連絡が来て、早速お兄様が使い潰されているんじゃないかって心配だったんだもの」
「けど、だったらどうしてスカーレットが来ると知らせてくれなかったんだ」
「言ったって、お父様とお母様、大兄様からは止められてしまうわ。だから、技師に紛れ込んで出国したの。彼らも途中で私がいることに気がついても送り返したりしないでしょう」
「僕の行動で心配させてしまったんだね。けど、あちらには伝えて来ていないなら僕から連絡しておこう。きっとスカーレットを探しているよ」
スカーレットは頷く。
「それで、スカーレットは僕を連れて帰るのかい?」
「残念だけど、そこまではないかも」
渋々という様子でスカーレットは答えた後、私をきっと見つめる。
「でも、シルヴィアのことはまだ見極め中なんだから。お兄様はあなたの隣に立つために、今までだってさんざん努力されていたの。だから、あなたがお兄様に相応しいかは、私が判断するの!」
「スカーレット!」
咎めるステファンを横目に、私は思わず笑いを漏らす。
スカーレットの反応は新鮮だった。それに、スカーレットの言動が兄を思うゆえだということはわかりやすい。私が笑いを漏らしたことで、スカーレットは頬を膨らましていた。
「では、ステファンを連れていかれないように、私も頑張るとするわ」
「え、シルヴィア?」
ステファンが戸惑いの声を上げるも、スカーレットの表情は変わらない。
その後はステファンを間に挟んでスカーレットと会話を交わし、お茶会は和やかとは言えないものの、時間いっぱい続いたのだった。




