20.お茶会2
リサの見舞いから数日。
国境からオルテンシア国の使者の入国の連絡が届いた。
親書のやり取りはうまくいっており、オルテンシア国から温室と橋の技師を派遣してもらうよう話はついている。
魔鉱石に関する専門家も来てもらえることになっていて、受け入れの準備に不備がないか再度確認するよう通達を出す。
滅多にない国外からの客人を多数迎え入れるとあって、侍女達も緊張しているようだった。
そんな中、今日はステファンとのお茶の席を設けていた。
青鹿の間から見える庭の奥にある東屋で支度をしている。
春の終わりというよりは夏の初めというべき晴れ渡った空に乾いた風が吹き抜けていき、外でお茶をするのに良い季節だ。
きっちりと整備された庭は見晴らしがよく、侍女にはお茶を淹れた後は少し離れたところで待機するよう伝えている。
お茶菓子は、チョコレートと、リサの見舞いにも持って行った薔薇の花の焼き菓子だった。だが、焼き菓子は生地の色合いが違うので、味を変えてあるのかもしれない。プレーンの他に、薄いピンクとマーブル、チョコ色の花が並んでいた。
「久しぶりにシルヴィアとの二人だけの時間ですね」
ステファンが笑みを浮かべながら言う。他意はなさそうだが、私はここ最近あまり時間を取れなかったことを謝罪した。
「ノマス領の件からずっと慌ただしくて。なかなかゆっくり時間が取れなくて申し訳なかったわ」
「王としての責務を果たされていて、ご立派だと思います」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
ほっとすると、ステファンが少し悪戯気に目を細める。
「私も陛下が少し打ち解けてくださったようで嬉しいです」
「そう、かしら?」
自覚はなかった。どういうところを見てそう思ったのだろう。
疑問が顔に出ていたようだ。ステファンが言う。
「お言葉が、少し砕けていらっしゃいます」
ステファンの言葉に、自分の言動を思い返すと納得がいった。
リサのお見舞いで、客人というよりは婚約者としての意識に近づいた気がする。
「そうみたい。意識していなかったわ。戻した方がよろしい?」
尋ねると、ステファンは首を振る。
「いいえ。嬉しいとお伝えしたのは本心です。むしろ、私もこのような場では少し言葉を崩してもよろしいですか?」
「ええ。もちろん」
「では、お言葉に甘えて。こうして話すと、シルヴィアとより打ち解けられたみたいだ」
ステファンの何気ない言葉がくすぐったい。
「そうね」
頷いて、お茶を口にする。今日は紅茶に香りのよい花びらをブレンドしたもののだった。香りを満喫し、そういえば、と口を開く。
「忙しくしていたお詫びというわけではないのだけれど、ステファンがよければ、今度王都を案内しようと思っているの」
「シルヴィアが?」
目を丸くするステファンに、私は微笑む。
「ステファンも驚くのね」
「僕だって驚くよ。シルヴィアの立場で気軽に町に下りてもいいのかい?」
ステファンが『僕』といったことに私は表情に出さないまでも、軽く驚く。一瞬、どこか懐かしい記憶がよぎったが、残念ながら捕まえられなかった。
「護衛はもちろんついてくるけれど、私の魔術なら大抵のことには対応できるもの。視察はよく行っていたし、問題ないわ」
「過信はよくないよ」
「ご心配ありがとう」
「何かあれば一番に僕がシルヴィアを守ると誓おう」
真剣な表情をするステファンに、私は首を振る。
「お気持ちは嬉しいわ。でも、ステファンに何かあったら国際問題になるから結構よ」
そう言うと、ステファンは『はぁぁ』と大きく息をつき、額を抑えた。
「信用されてないね」
「魔術の教師からは筋がいいと聞いているわ」
「だったら」
「でも、そんな事態になる前に、私が解決するわ」
「確かに。シルヴィアならそうだよね」
ステファンは項垂れる。
「参ったな、頑張りが足りなかった」
私は微笑むにとどめる。
ステファンの建築に関する知識も、魔鉱石に関する知識も、教科書や書物を読んだだけでは身に着けられない、実践に基づいた知識だった。きっと、かなりの努力を重ねていたはずだ。
だが、実際のところを知らないのに、言えることはない。代わりに違う言葉を口に乗せた。
「頑張りすぎは、体を壊すわ」
ステファンは俯けていた顔を上げ、首を振る。
「シルヴィアの優しさに甘えすぎないように励むよ」
「努力家なのね」
「しかも褒めるのが上手だ」
肩を落とすステファンに微笑み、話題を変える。
「ところで、もう何日かでオルテンシア国から技師が到着するようよ。今朝連絡があったの」
「思っていたより早いね」
ステファンも瞬時に気持ちを切り替えたようだ。
「彼らが到着したら、何かとステファンにも頼ると思うから、よろしくお願いするわ」
「ああ。任せて」
その後は他愛のないおしゃべりをして、その日のお茶会は何事もなく終わった。




