19.リサのお願い
部屋を出て行く二人を見送った後、リサは少し恥ずかしそうに切り出した。
「昔みたいに、お姉様とお呼びしてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
「お姉様、ありがとう」
そう言って、リサは嬉し気に笑い、改めて祝福を口にした。
「改めて。お姉さま、ご婚約おめでとうございます。外国からいらっしゃったなんてどのような方だろうと思っていましたが、素敵な方で嬉しいです」
「そういって貰えて嬉しいわ」
リサは瞳をきらめかせた。
「ステファン殿下のこと、どうお思いですか?」
「婚約者として悪くないと思っているわ。本人は自信がみたいだけれど、助言も的確だし、彼の知識の幅はステファンの努力の結果だわ。そういうところは結婚後も頼りになるのではないかしら」
「お姉様ったら。そういう意味ではなく、恋のお話です」
「恋はしていないと思うわ。殿下も私にそういった感情をお持ちでないと思うし……」
ステファンは私に好意的な態度だが、恋心からの言動かと言われると首を傾げてしまう。
単に婚約者として礼儀正しく振る舞っておられるだけだと思うと伝えると、リサは頬を膨らませた。
「殿下がお姉様を見つめる眼差しは深い愛が感じられるわ。愛されていらっしゃるのに、ご自覚がないなんて!」
「婚約者としてお茶をしたりといった交流はあるけれど常識の範囲での交流よ。直接お言葉があったわけでもないし、それで殿下に愛されているなんて思っていたら自意識過剰だわ」
「でしたら、デートに誘ってみられてはいかがかしら。本来は殿方に誘っていただくものだけれど、きっとこの国の勝手がわからないのかもしれません。お姉様が王都をご案内して差し上げればいいと思うの!」
私が断るとは思っていないだろうリサの言葉に、私は苦笑しながら答える。
「考えておくわ。リサは、私が殿下と王都に出かければ満足なのね」
「ええ! さすがお姉様! 次にお会いした時はデートのお話を聞かせてくださいね」
はしゃいだ様子のリサがかわいらしく、私は微笑む。
「約束が増えてしまったわ」
「お嫌でしたか?」
「いいえ。リサのお願いですもの」
嬉し気に頬を染めるリサに、私も続ける。
「では、私もリサに一つお願いをしようかしら」
「私にですか? できるかしら」
「もちろん。簡単なことよ。リサが元気になったら、今度はリサとステファンとローランドも誘って、四人で王都にいきましょう」
「私とお兄さまも? デートのお邪魔ではないかしら」
「私とリサのデートに殿方達に付いてきてもらうのよ。素敵なお店を探しておくわ。だから、早く元気になってね」
そう言うとリサは淡い水色の瞳を潤ませた。
「……頑張ります」
「ええ。待っているわ」
頷くリサの涙をハンカチで拭ってあげる。
そうしていると、ローランドとステファンが戻ってきた。
「リサ……、陛下、リサが何か失礼を?」
「お兄様、違います」
「リサが元気になったら、今度は四人で王都に出かけましょうとお誘いしただけよ」
顔色を悪くするローランドに、私は首を振る。
「そうでしたか……。それは、妹のために心を砕いてくださりありがとうございます」
ローランドは一瞬何かを言いよどんだが、飲み込んだようだった。
辞去の挨拶をして、帰ることとする。
リサは顔色が悪いからと自室に帰し、ローランドの案内で玄関へと向かう。
玄関の外のポーチに出るとローランドは付いてきている家令に指示を出し、使用人を下がらせた。
「本日は、来てくださりありがとうございました。妹の、リサの願いを叶えてくださり感謝いたします」
「ええ。お大事になさってください。リサが早くご快復なさることを願っています」
ローランドは少しの沈黙の後、口を開いた。
「……陛下、実は」
言いよどむローランドに、ステファンが言う。
「私が聞かない方がよろしいことならば、先に馬車の中におりましょう」
ローランドは首を振る。
「いいえ。殿下も差し支えがなければ聞いてください。先日、リサの余命は……長くて一年と言われました」
「そんな……! そんなに、悪かったの……」
ローランドの言葉に衝撃を受ける。
「医師が、増え続ける魔力にリサの体がついていけておらず、自らの魔力が体を蝕んでいる、と」
言葉が続かない。ローランドは言う。
「陛下のお立場はよくよく承知しております。ですが可能でしたら、またリサに会いに来てください。リサは陛下のことを姉のように慕っております。陛下、リサがあんなに楽しそうにしていたのは、久しぶりなのです」
「ええ。できる限り、時間を作るわ」
ローランドの言葉に私は頷いた。
リサのお見舞いから帰る馬車の中、ステファンは何か考え込んでいるようだった。
私も帰り際に言われたローランドの言葉の衝撃に、黙り込んでいた。
王宮に着くまで、馬車の中には沈黙が満ちていた。




