18.リサのお見舞い
あれからボードリエ侯爵とは婚約者に関する話は話題にあがることはなく、表面上はいつも通りに振る舞っていた。
頷けない部分もある言葉だったが、あの諌言自体は重く受け止めている。
ステファンには何も告げていない。告げられるはずもなかった。
今日の予定は、先日の品評会でデュフォ公爵と約束したリサの見舞いに向かうことになっている。
外出用の大人しめのドレスに、王宮で準備した菓子を手土産に、ステファンのエスコートで馬車へと乗り込む。
護衛にドミニクの姿もあったが、挨拶以外は特に言葉を交わすことは無かった。
ドミニクの様子もノマス領の警護の際から変わりは無い。個人的な会話もなく、そのことに少しほっとしていた。
走り出した馬車の中、窓の外をぼんやりと眺めているとステファンが尋ねる。
「リサ嬢はどのような方ですか」
「髪の色は違うけれど、外見はよく似ていると言われたわ。リサは淡い金髪なの」
「性格はどうです?」
「似ていると思う。小さい頃は、リサが妹だったらよかったのにと思っていたくらいよ」
「仲がよろしいのですね」
「ええ。年も近いし、一緒に隠れてお父様に叱られたり、庭のトピアリーが緑だけでは寂しいからと、魔術で装飾を足したり、花を飾ったりして、たくさん遊んだの」
「結構、やんちゃな姫君達だったのですね」
「よくお父様も言っていたわ。でも、リサは小さい頃も体調を崩しがちで、本当に体調がいい時しか遊べなかったの」
ステファンが表情を引き締めた。
「リサ嬢はずっとお体がお悪のですか?」
「生まれつきの持病があるの」
「それは、おつらいですね」
「ええ」
ステファンは何か考え込み、私は、窓の外に目を向けた。
外では春の盛りを過ぎ、緑の葉を茂らせる木々が見えるばかりだった。
デュフォ公爵の屋敷は、城からそう遠くない場所にあった。
王宮を出て小一時間程馬車を走らせたところで、屋敷についた。
「陛下、殿下、来てくださって感謝いたします」
「今日は私的な訪問だから、楽にして。リサはどう?」
尋ねたところ、ローランドは微かに苦し気な表情をしたものの、すぐにその表情を取り繕う。
「幸い今日は陛下が来て下さるからと、元気が出ているようです」
「ならあまり無理させないように気をつけるわ」
「そうして頂けると、助かります」
ローランドの案内で南向きの日当たりの良い暖かなリサの部屋へと通された。
「リサ、シルヴィア陛下と、ご婚約者のステファン殿下がいらしてくださったよ」
今日は元気が出ていると言っていた通り、リサは体の締め付けのないエンパイア型のドレスを身に着け私達を出迎えた。
ローランドが言った通り元気に振る舞っているが、血色は悪くお父様の葬式であった時よりもさらに痩せていた。
「リサ! 寝ていなくていいの?」
「はい。陛下がご婚約者様といらっしゃるのです。寝てなどおられませんわ」
「今日はお見舞いに来たのだから、気にしないでいいのよ」
「大丈夫ですわ。私の体のことはよくわかっていますから。それよりも早くご婚約者様を紹介してください」
リサにねだられて、微笑ましそうに私達を見ているステファン殿下を紹介する。
「こちら、婚約者となったステファン殿下よ」
「陛下の婚約者となりましたステファンと申します」
「ご婚約おめでとうございます。今日は私のために来てくださって嬉しく思います。リサと申します」
リサは、公爵令嬢らしく美しい礼をする。
挨拶を交わしたところで、早く椅子に座るよう促すと、礼を述べてリサも腰を下ろした。
リサの顔色は悪いが、瞳はステファンを見て目をきらめかせている。
「陛下のご婚約者はどのようなお方か、ずっと楽しみにしていました。お会いできて光栄です」
リサは私よりも二歳年下だが、病気のせいか年齢よりも幼く見える。純粋な興味にあふれるリサの言葉に、ステファンも優しく対応する。
「こちらステファン殿下が母国から持ってこられたお菓子を、王宮で作らせた物です」
「オルテンシア国のお菓子ですか?」
私が従者に手土産を差し出すよう指示すると、受け取ったローランドが尋ねる。
「ええ。チョコレートと焼き菓子よ」
「珍しい物を持ってきて下さってありがとうございます。お茶の用意を致しますので、いただいてもよろしいかしら」
「もちろん。リサに食べて貰いたくて持ってきたんだもの」
リサの言葉に、ローランドがお茶の支度を指示する。
運ばれてきたお茶菓子を見て、リサが感嘆の声を上げた。
「とっても綺麗!」
薔薇の花の形に焼いた菓子と共にチョコレートが美しく並べられている。
手土産になかった小さめの林檎パイも添えられていた。
「陛下と殿下に召し上がって頂こうと思って林檎パイを用意しておりました。よかったらそちらも召し上がってください。毒味はして頂きました」
王宮からつれて来ている侍女を見ると、頷いている。
「ありがとう。いただくわ」
「いただきます」
林檎のパイを取り分けて貰い、ステファンも勧められた林檎パイを選んでいた。
大きめの角切りにされた林檎は少し歯ごたえが残るくらいに甘く煮てある。それがバターをふんだんに使ったサクサクのパイ生地に包まれていて、とてもおいしい。大きさも食べやすいよう一口サイズで作られていて何個でも食べられそうだ。
「大変おいしいです。これも氷蜜林檎を使ってあるのですか?」
「はい。去年取れた私の領の林檎になります」
ステファンの疑問にローランドが答える。
「そうですか。グレイシス国は魔術の国とは存じ上げておりましたが、本当に、来てみないとわからないものですね。このように氷蜜林檎が美味とは知りませんでした」
ステファンの言葉に、私が頷く。
「ええ。この国の氷蜜林檎は素晴らしいの。どの領も力を入れているわ」
頷いたところで、リサがチョコレートを不思議そうに見ているのに気がついた。
「リサ、それがチョコレートよ。品評会の最後のパーティでも振る舞って大盛況だったの。中に林檎が入っているから食べてみて」
私の言葉に、リサは頷くとチョコレートを一つ頬張った。
「おいしい……!」
目を丸くして感想を口にするリサに、ステファンも一つチョコレートを口に含む。
「これは甘いですね。しかし、中の林檎がいい風味で、確かに美味しい」
「気に入って頂けて嬉しいわ」
二人の口にあったようで、ステファンもほっとしている。
「料理長は、林檎を丁度良く乾燥させるのに苦労したみたいだから、デュフォ公爵も気に入っていたと伝えておくわね」
「お願い致します」
そうして、一通りお茶を嗜み皿が空いたところで、リサが居住まいをただした。
「あの、少しだけ、シルヴィア陛下と二人でお話してもよろしいですか?」
リサの言葉に、私はステファンに言う。
「殿下、リサの願いを叶えてもよろしいですか?」
「ええ。私はかまいません」
「では、ローランド、ステファン殿下のもてなしを頼みます」
「かしこまりました。殿下、では、私と話しても退屈でしょうから屋敷をご案内いたします」
「それは嬉しい。頼むよ」
そうして、ローランドはステファンを案内し部屋を出ていった。




