16.品評会4バルコニーにて
バルコニーに出ると、ステファンに謝罪を口にする。
「我が国の者が、申し訳ありません」
「気にしておりません。魔術を大切になさるお国柄だと知っておりましたから、このようなこともあるだろうとは覚悟しておりました」
「行き届かず、お恥ずかしい限りです」
シルヴィアの謝罪に、ステファンは緩やかに首を振る。
「あれはクレモン侯爵の問題であって、シルヴィアが気にすることではありません」
ステファンが思った以上に気にしていなかったことに安堵するも、ステファンの表情は冴えないままだ。
「……他に何か、お気にかかることが?」
「たいしたことではありません」
「では、お話くださってもよろしいかと」
ステファンは私の追求には答えず、今回の品評会のために準備されている花の装飾に触れた。
王宮の魔術師が氷魔術と光魔術の複合で作り上げたもので、花の中央がほんのりと光を帯びている。
「これも、魔術で作られているのですか?」
「ええ。このように魔術で花を作り、そこに光魔術をさらに重ねて作っています」
得意の氷魔術で薔薇の花を作って光魔術で輝かせる。
透明な氷の薔薇が淡い輝きをまとい、ステファンが感嘆の表情を浮かべた。
「ステファンに差し上げます」
「よろしいのですか」
「もちろん」
ステファンは氷の薔薇を受け取ると、不思議そうに呟く。
「冷たさは感じないのですね」
「氷の形状を維持するために、外部の影響を遮断する魔術も使っていますから」
「すごい。この薔薇にどれだけの技術を使われているのですか?」
私は意識せずとも行っていた魔術をそれぞれ説明する。
「この薔薇を作り出すのには、水の生成、氷への状態変化、薔薇の形への形状固定、外部の影響遮断の術式、そして仕上げに光魔術を使っています」
「では、この薔薇は水になって消えてしまうことはないのですね」
「光魔術は今晩のみしか保ちませんが、薔薇の花は私が魔術を解くか、魔術でこの薔薇に干渉しなければ、私の命が尽きた後も残るでしょう」
「魔術で干渉するとは?」
「干渉魔術で影響遮断の術式の効果を消してしまえば、氷は気温の影響で水になってしまいます」
「そのようなことをできる方がおられるのですか」
「人の魔術に干渉するのは技術は勿論、魔力の相性にもよるのです。私の魔術に干渉できるのは、父だけでした」
ステファンは少しの沈黙の後、重い口を開いた。
「私は、シルヴィアの治世の邪魔になりたいとは思っておりません」
「邪魔になど、思うわけがありません」
最初はこの婚約に疑問も感じたが、今はステファンの存在は得難いものだと思っている。だが、ステファンは違う考えのようだ。
「高い魔力と魔術を尊ぶこの国で、魔力が低い私の存在はシルヴィアの汚点になるでしょう」
「それを言うなら、この国の誰もが私より魔力が弱いのです。それに、ステファンの魅力は魔力などという物差しで測れない貴重なものです」
意外なことを言われたという表情を浮かべるステファンに私は続ける。
「穏やかな物腰と人当たりの良さは、誇るべき長所です。それに状況をよくご覧になり、時と場を過たず最善の提案もしてくださいます」
「それくらいのこと、誰でも出来ます」
「意外です。自己評価が低くていらっしゃるのですね」
「私が持ち込んだ物を込みで評価してくださっているようですが、チョコレートや建築技術は、ただ、あるものを持ち込んだだけです」
今この場で、ステファンの自己評価を変えるのは難しいようだ。私は一つ提案する。
「では、魔術の訓練をなさいますか?」
ステファンは意図がわからないのか、首を傾げた。
「失礼。訓練で、どうにかなるものなのですか……?」
「おそらくは。魔力量は技術でカバーできる部分があります。ステファンの魔力量なら、訓練次第で一部上級魔術が使えるようになるでしょう。そこまでなさる必要はないと思いますが、お望みでしたら私が師事した教師を手配しましょう」
「お願いします」
断られるかと思った提案に、ステファンは即座に頷いた。
ステファンの態度は、私には理解できないものだった。
「どうしてそこまで心を砕いてくださるのですか?」
思わず口から出た言葉に、ステファンは一度目を見張った後、寂しげに微笑んだ。
「やはり覚えておられなかったのですね。私達は昔、一度お会いしたことがあるのですよ」
「え――」
ステファンを出迎えた際に、よぎった既視感が想い出される。
あれは、気のせいではなかったのだろうか。けれど、私が生まれてから、この国に国外の人を招くようなことはなかったはずだ。
考え込む私を見て、ステファンは何かを思いついたとでもいうように楽しげに瞳をきらめかせる。
「では、競争といきましょうか」
「何と、何のです?」
「シルヴィアが思いだすのが早いか、私が魔術の腕を上げるのが早いか」
「競争するものではないでしょう」
「逃げるのですか?」
ステファンは微笑みは崩さないまでもその言葉は挑発的だ。
「いいえ、受けて立ちます。私が勝ったら、ステファンがどうして私に求婚をしたのか教えて貰います」
「では、私が勝ったら、シルヴィアが私のことをどう思っているのか教えてもらいましょう」
「婚約者としての評価は先程述べした」
ステファンの言葉の意図がわからず首を傾けると、ステファンが私の手を取り口付ける。
「一人の男として好きか嫌いか、個人的な感情をお伺いしたいのです」
あっさりと解放された手をもう片方の手で握りしめ、私はなんとか頷いた。
「ところで、そろそろ戻った方がよろしいのではないですか」
ステファンの視線の先には、食事を提供しているエリアがある。
窓越しに盛り上がっている様子だが、人が集まりすぎて少々盛り上がりすぎているようだ。説明を行うために配置している侍従も人に囲まれている。私達も向かった方が良いだろう。
「そのようです。では、戻りましょうか」
ステファンのエスコートで会場に戻ると、今度こそ人で賑わうチョコレートのエリアへと向かった。
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