かたり花
この物語はフィクションです。
決して不死の病に苦しむ方を誹謗中傷する物ではありません。
そこの所をご理解ください。
花は語る 流れる歴史の真実を
闇に消えた 先人達の隠された偉業を
花は騙る 去りし歴史の真相を
光に照らされた 先人達の明かされた駄業を
その花の名は≪かたり花≫
季節の流れを語り、移ろう刻を騙る花
ある時、母なる海を見渡した少女がいた
ある時、父なる空を見上げた少女がいた
ある時、流れる季節に身を任せた少女がいた
私はそんな彼女を見てただけ
私はそんな彼女を守れなかったただの花
ただ少女の傍らに咲き、そこにあるだけだったただの花
そして変わらぬ歴史は繰り返される
−見て!こんなにも空は青いんだよ!!−
私は語ろう
繰り返された歴史の真相を
私は騙ろう
隠された歴史の真実を
彼女の名前は≪語り花≫
私の名前は≪騙り花≫
☆
周囲を色素の抜け落ちた真っ白い壁で囲まれた一角。
ベッドの上に座って窓の外を見つめる少女と、白衣を纏った恰幅の良い壮年の男性がそこにいた。
「先生。この花の名前・・・知ってる?」
少女は不意に儚く微笑んで、窓際の花瓶に刺さった花を一輪抜き、ジッと見つめながら男に問うた。
「造花・・・というんじゃないのかな?」
桃色の花弁と力強く直立した茎はフェルトで出来ている。
「フフフっ。そうとも言う。」
そう言って、少女は儚げだったその笑顔を可愛らしくも何かを企む様な不敵なそれに変える。
「本当はなんて言うんだい?」
男は優しく、悪戯を発見した父親の様な心境で少女に問い返した。
「≪語り花≫っていうんだよ。ほら、この花って枯れないでしょ?永遠に残り続けて将来の人に歴史を語る花・・・だから、≪語り花≫!」
少女はやや弾んだ口調で自信満々に男に向けてそう言い放った。
少女のそんな優しい笑顔を見て、男は胸が締め付けられるような、そんな辛い気持が胸を掠めた。
「なるほど、≪語り花≫か。確かにそうだね。」
男は少女に合わせてニッコリと微笑む。
その胸の一物を表情に出さない様に。
「はい!先生にあげる。」
少女はその≪語り花≫を男の胸にあるポケットに差し込んだ。
「良いのかい?君のお母さんが作って持って来てくれた物だろう?」
男は少女の行動に若干戸惑い、少女の顔を覗きこむ。
「うん!いつものお礼だよ。」
それに対し、少女は純粋無垢に笑うのみ。
「ありがとう・・・おや、もうこんな時間だ。私はそろそろ行くよ。おやすみ。」
ふと男は時計に目をやって現在の時刻を確認し、その時計の短針が11を差しているのに気付き部屋を去ろうとする。
「おやすみなさい。ねぇ、また明日も来てくれるよね?」
その男の背中に少女は不安げな声を掛ける。
「・・・勿論さ。」
男は部屋の電気を消し、扉を開けて部屋から出て行った。
私の胸ポケットには一輪の造花、彼女の言葉を借りるならば≪語り花≫が刺さっている。
彼女からのメッセージだろうか?メッセージなのだとしても、私には読み取ることはできない。
彼女は病気だ。それもとびきり性質の悪い。
親には告知してあるが、彼女には伝えていない。
しかし、あの賢い聡明な少女はきっと分かっているのだろう。彼女自身の命はきっともう一年ともたない事を。
それでも彼女は笑うのだ。その笑顔に私の方が救われてしまうほどに。
彼女の病気を治す事は現時点ではほぼ不可能。
なにかしらの新種のウイルスが原因である事は分かっている。ただ、体内との親和力が強くマクロファージも全く作用しない故に抗体が生成されない、だというのに人体を体内から徐々に破壊していく、という現代医療の常識を覆す様なそんなとんでもないウイルスだった。
それなのに、あとは死を待つだけだというのに・・・それでも少女は笑うから。
海を見渡して涙を流す娘だから
空を見上げて自由を感じる娘だから
私は彼女を守りたいと思う。
丁度この≪語り花≫の様に、枯れる事の無い笑顔を持つ娘だから。
「皮肉な事だ・・・」
自身の行動が、思惑とは完全に真逆であると自覚しながらも。
別れは唐突だ。
寒い、寒い、真冬のある朝の事。
彼女は眠る様にして去っていった。
―死にたくは・・・ないかな。―
最後まで微笑んでいた彼女に私は死ぬ事が怖くないかと問うた。
私は彼女が今日のその時から五分後に息を引き取る事を知っていて、彼女も分かっていたのだろう、私のその質問に彼女は笑って答えた。
―でも怖くないよ。だってそこに先生がいるもん。―
それが彼女が意志を持って発音した最後の言葉だっただろう。
その後は会話とは言えない物だった。
彼女が淡々とそこにいる筈の私に声を掛け続けただけ。
そうして虚ろな目をして、やがて彼女は息を引き取った。
「すまない・・・」
私にはどうすることもできなかった。
☆
「『死体を見たらとりあえず殺人を疑っておけ』なんて先輩に言われた事があるんですよ。」
いきなり刑事はそう言った。
「その先輩はまぁ・・・ちょいとした事件の際に胸を撃たれちまったんですが、僕はねその先輩を尊敬してるんですわ。」
白いカーテンに区切られた一角でその刑事は私に話し掛け続ける。
「今もその先輩の言葉は僕の指針なんですがねぇ、これを見て他殺なんて言っちゃあ罰が当たりますね。」
刑事が目線をやる先には白い布で顔を覆っている少女が横たえている。
「病死・・・そう言いましたよね?」
先程までだらしない緩い表情をしていたその刑事は唐突に鋭い目線を私に向けた。
その目線は私の全てを射抜く様で、思わず竦み上がってしまった。
「それだといくつかおかしな事があるんですよ。」
私は言葉を返す事が出来ない。
「ところで、先生はこんな話を知っていますか?」
黙して語らぬ私に刑事はそんな事を言いだした。
「ある所にね、少女がいたんですよ。その少女は大層花が好きな子でね、毎朝水をあげて、そりゃあもう大切に育てていたそうですわ。
ところがある日、その少女が水をあげている時に何者かに殺されちまうんですよ。ナイフでも拳銃でも、まあこの場合はなんでもいいです。
暫くして、警察の調査で容疑者は五人に絞られたそうですわ。面倒なんでA、B、C、D、Eとしましょうか。そこで、その警察官は何したと思います?
なんとね、少女が育ててた花にね、嘘発見器を付けて一人ずつ『お前が犯人か?』って訊いたそうです。当然、全員NOですわ。ただね、A、B、C、Dで何の反応も示さなかった嘘発見器がEの時に盛大に鳴り出したそうなんですよ。勿論そんな物が証拠になる筈ありません。参考までにってやつですね。その後の調査でそのEが犯人だって判明したそうです。」
この刑事は一体何を私に言わんとしているのだろうか?
「まぁ一種の都市伝説ですがね、『植物だって生きている』だとか『植物も人の気持ちが分かる』みたいなキャッチフレーズで語られる場合が多いんですが・・・とりあえず、その胸ポケットに入ってる一輪の可愛らしい花、ちょいと貸していただけませんか?」
無遠慮に延ばされる腕を見て、私は思わず胸元に指を伸ばしてしまった。
「これはただの造花だよ。気持ちどころか命すらも宿っちゃいない。」
「そんな事は分かってますよ。ただ、それはこの少女が作った場合にだけ特別な名前がつくんですわ。聞いてませんか?」
震える声で微かな抵抗を試みるも、この男にだけは通用しない。
「≪語り花≫・・・歴史と人の真実を語り継ぐ花だそうですよ。」
私は再び押し黙る。
額から落ちる冷や汗すらも熱く感じるほどに、私は追いつめられる。
「そりゃそうですよ。だって私は――」
少女の父親であるその男は不敵に笑って見せた。
☆
この世界は虚構でしかない
それが私がこの世に生を受けて最初に知った事だった
大切にする価値のある物など無く、しかしぞんざいに扱って良い物など一つも無い
過去にも現在にも未来にも、歴史を洗い浚い探ってみても、人の心の中に取り入ってみても、そこには嘘しかない
だから私は全てを偽り、欺き、真実を語るふりをして、虚実で騙ることにした
私の発する事に正しい物は無く、しかし完全な偽りは決して発さない
常に私は騙るのみ
曰く、私の名前は≪騙り花≫
真実と虚構の間で騙る花
少女にはそう名付けられた
ただ一つの真実を隠すために
☆
「フ〜ン♪フ〜ン♪」
鼻歌を歌いながら、少女は母親の持ってきたキットを用いて何やら作業をしていた。
「おや、今日は機嫌が良いみたいだね。何をしているのかな?」
少女の様子を観察しに来ていた白衣の男はその少女の傍らに立ち、暫く作業を眺めていたが、やがて痺れを切らしたように少女に話しかける。
「私も作るの。お母さんが持ってきてくれたんだよ。」
少女が指先で弄んでいるのは造花を簡単に作る事の出来る玩具。
「楽しそうだね。」
男は平坦な声で少女に言う。
「楽しくなんかないよ。」
しかし、男の言葉に少女は抑揚の無い声で応えた。
「それはまた・・・どうしてだい?」
意表を突かれた男は思わずと言った様子で訊き返した。
「だって、こういう事くらいしかできないもん。」
少女が入院したのはおよそ半年前の事。
当時から既に体を動かす際に関節の節々に痛みを感じると言っていた彼女の体は、入院しても全く回復する事無く、最近になって下半身が殆ど動かなくなった。
「お父さんもお母さんもたまにしか来てくれないし、退屈だよ。」
少女はプイッと窓の外を見た。
少女の病室の窓からは辺り一面の海と果てなく広がる青空の両方を眺める事が出来る。
しかし、この美しい風景を眺める事が出来るのも後少しなのだろう。
少女の寿命は確実に迫って来ていた。
「寂しいのかな?」
男は優しく、心中を察したように柔らかい声音で少女に問う。
「・・・うん。」
少女は悲しそうに俯き、やがて答える。
「じゃあ、退院するまで私が話し相手になってあげよう。どうだい?」
男は特に何かを意識して提案したわけではないが、少女は暗闇の中で光明を見たとでも言うようにガバッと顔をあげた。
「本当!?だったら嬉しい!!」
そして男の提案前には見られなかった満面の笑みを向ける。
「じゃあ今日はもう遅いから、また明日ね?」
そう言って男は退室していく。
少女は作業に没頭していて気付かなかったが、いつしか日は完全に沈み、星が闇夜に煌めいていた。
「うんまた明日!」
少女は出て行く男の背中に声を掛け、そして指先で操作できる簡易プレートで部屋の照明を消した。
そして少女は作っていた途中だった造花を窓枠の所へ置き、枕の下から完成している造花を抜きだして空の花瓶に挿す。
「あんなに良い人だから・・・ねぇ≪騙り花≫・・・私が死んでも・・・真実の全てを騙ってね?」
その造花に少女は話しかけ、月明かりに照らされたその造花がかくんと傾くと、少女は満足そうに白いシーツのベッドの上に寝転び、目を閉じた。
☆
結果として、少女の造花は何の反応も示さなかった。
それは私には大変ありがたい事ではあるが、しかし私が花を渡す事を渋ったという事実は証拠には決してならずとも、私を疑う判断材料程度にはなりえる。
「クッ・・・」
私は胸から造花を徐に取り出し、少しの躊躇いの後、握り潰してゴミ箱へ捨てた。
これで良い。こうすれば、もうこの花の恐ろしさに怯えずに済む。
≪語り花≫なんてふざけた名前に怯えなくても・・・
「おや〜?どうしちゃったんですか?」
途端背後から男の声。
私には私を地獄へ引き摺り込む悪魔の呼び声にすら聞こえた。
ドクンと脈打つ心臓を必死に抑えながら、私はぎこちない動作で振り返る。
「何かな?」
そいつは卑しい笑みを浮かべながら私とゴミ箱の中の≪語り花≫を見比べる。
その表情は全て分かっていると言いたげで酷く不愉快だ。
「いやぁそれ捨てちまうんですねぇ。いくらなんでも亡くなった少女の唯一あなたへ当てて残した形見をそんなにあっさり捨てちまうってなぁ理解に苦しみますねぇ。」
私はただ黙ってその男の表情を見据えた。
☆
少女との約束は果たした
私は真実を騙り、嘘を語り、本当の事は全て包み隠した
だから私にはもう存在価値はなく、既に消えゆく定め
少女の願い通り、私は騙り、語った
全ての真実を包み隠さず騙った
だから男は助かった筈だ
少女は決して助からず、助かる術などある筈も無い
それゆえに少女を救わなかったことで少女を救った男を守った
それが少女の願い
助からぬ少女を助ける事の出来ない私に代わり
少女を助けるために少女を見放した男を私は救う
本当に救う価値があるとは私には思えないのだが
☆
「もう一回、その花ぁ貸していただけませんか?」
暫く黙っていた男はいきなりそう切り出した。
口調こそ質問形式だったが、そこには有無を言わせぬ意志の強さが込められていた。
当然、私に逆らう事などできはしない。
「ええ、どうぞ。」
私はその場から一歩引いて男がゴミ箱へ行くための道を開ける。
「いえいえ。そのゴミ箱、ちょいとこっちへ持って来てくれませんか?」
すると男は手を振って言った。
私は疑問に思いながらも男の言う通りにした。
-ビー!!ビー!!-
瞬間、けたましく鳴り響く警笛。
私は驚き、思わずそのゴミ箱を取り落とした。
私が握りつぶした造花がゴミ箱からポロリと零れ落ち、その花弁の中から小さいビニルの袋が顔を覗かせている。
「そんな馬鹿な!!」
鳴っていたのはゴミ箱の中の薬物探査機。
「いつの間に・・・」
咄嗟の事で私にはどうしてそんな所にそんな物があるのか理解できなかった。
「やはりな。少女殺害容疑でお前を連行する!おい!!」
「「「はっ!!」」」
突如、男の背後から三人ほどの強面の男が姿を現し、あっという間に私を拘束する。
私に抵抗する意思はなかった。
☆
「ねぇ≪騙り花≫?私、死ぬんだよ。」
少女は悲痛な声で私に語りかけて来る。
「あの先生に殺されるんだ。」
そんなことを少女はさも当然の事の様に、しかも嬉しそうに語る。
「先生は私が助からない事を知っている。だから、せめて苦しまないようにって。」
少女は悲しそうな顔など一切しない。
ただ嬉しそうに満面の笑顔をつくりながら涙を流す。
「先生・・・優しいよね?だって・・・だって・・・ヒグッ・・・助からない私のことを想って・・・ヒクッ・・・くれて・・・ず、ずっと、傍にいてくれるって・・・ヒクッ・・・言ってくれて・・・」
想いが言葉にならない少女はただ私に向けて嗚咽の交じる声を発す。
私には少女を救えない。
少女を救えるのはあの男だけ。
それも救わないという最悪の方法によってしか少女を救えない。
「だから・・・先生は・・・とっても良い人だから・・・私を殺したって先生が警察に・・・お父さんが先生を捕まえないように、先生の事守ってあげてよ。」
少女の願い。
私は少女の夢を知っている。
誰でも持っているささやかな夢。
それだけに誰にもなしえない大きな夢。
その夢よりも優先される少女の願いを私は叶えたい。
「ねぇ・・・≪騙り花≫」
どうかこの時一度だけ、少女を安心させるためだけに、私は一言だけ、「了解」の一言だけでも少女に伝えたかった。
☆
「・・・右は不治の病にかかる少女に見切りを付け少女を延命させるがための点滴に毒物を混入させ、少女を死に至らしめた。相違無いか?」
今更、私は自身が赦される事なんて望んでいない。
「相違ありません。」
少女は私に殺される事など知らず、ただただ私を信じ、私が彼女を救うのだと信じ続けてくれた。
私はその期待を裏切って少女を殺し、あまつさえ彼女に託された≪語り花≫を自らが助かろうとする一心で握り潰してしまった。
そんな私に赦される道などあろうはずも無い。
「・・・さ・・・・・が・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
相手の言っている事がどこか遠くの世界から聞こえてくるようだ。
「・・・認めるかね?」
「はい。」
私に何を問い掛けているのか知らぬまま、私は答える。
結局、最後まで私は最低な奴だった。
少女を救う事など私には・・・できなかったんだ。
☆
「あいつはぁ天国で笑ってっかなぁ?それとも怒ってかなぁ?どう思うよ?なぁ?≪語り花≫よぉ?」
私に聞かれても困る。
「だよなぁ。でもさぁ、救ってくれた男を俺は処刑台送りにしちまったんだぜぇ?きっとあの世で『お父さんなんか絶交!!』って言ってるよぉ。」
そうかも知れない。
「もしくは、『仇を取ってくれてありがとう!!』かぁ?そりゃぁねぇよなぁ。」
無いですね。
「結局、俺ぁあいつに何一つ父親らしい事はしてねぇしなぁ・・・なぁ?≪語り花≫よ。あいつぁ幸せだったのかい?」
最高に幸せで最高に不幸でした。
「意味分かんねえよ。」
私は≪騙り花≫ですから。
「はっ!せめてあの世では思いっ切り走り回っていてくれよな。その元気な笑顔でさ。」
彼女が幸せだったのか、不幸だったのか、私には分かりませんが、一つだけ分かる事があります。
「なんだよ?言ってみなよ。」
彼女は嬉しそうした。
「・・・いけねぇ、雨が降りそうだ。ちょいと人気のない所に行くぜ。」
はい。
というわけで神勇者と死神魔王のとある章で紹介しました物語です。
深い意味はありません。
ただ書いてみただけです。
これを読んで何か思う所がありましたら感想など頂けると幸いです。