第五星 無茶
私が告げた言葉に、ランはため息をついた。
「……そうするしか、ありませんものね。そこまで偵察もできずに戦うのは無茶無謀……とはいいつつ、今の状況ではそれしか方法がありません。」
繁殖期個体というものはしつこい。1度捉えたら何がなんでも狙ってくる。だからこそ、多くの流れ星にとって恐怖の対象だ。
「“災避の壁”の維持、代わるよ。バレットの用意必要でしょ。」
「…ありがとう、ございます。」
Si Skillの維持を代わるために右手を差し出す。Si Skill維持者と物理的にパス───導線を繋いでSi Skillの主導権を移動させる“魔技交代”という技術。それを行うために手をつなごうと私の右手を見たランの表情が歪んだ。
「…私のことはいいから早く代わる。今は星喰雌龍に集中するの。」
「…はい、主スティラ。」
手を繋いでSi Skillの主導権を私に移す。完了したのを確認した後、手を離してランは後ろに下がってバレットの用意、私は前で災避の壁を支える。
「主スティラ、今ここで討伐するといってもどのように討伐致しましょう。」
「…そうね。今ここにいるザニア人を生贄として捧げれば事態は好転する───」
そう呟きながら今の現状の原因となったザニア人の少年に視線を向けると、彼はビクッと怯えたように体を震わせた。
「───なんてことはこいつが繁殖期個体である以上絶対にないから、選択肢としては論外。」
「そもそも主スティラ、そんなことを考えたこともないでしょうに。」
「まぁね。…まぁ、こうなった原因は彼にあるんだけど。」
───“繫殖期個体”。それはその名の通り、繁殖期となった個体。星侵獣は繫殖期になるとその“繁殖する”という目的のために非常に獰猛な状態となる。具体的には見つけた獲物を決して逃さない、相手に喰らいつき自らの養分とするまで執拗に追い続ける。今回の場合、獲物として認識されたのは私、ラン、そしてこのザニア人。繫殖期個体は獲物を逃さないとはいえ、自らの種を遺すという基本の目的はちゃんと持つのもあり、生きるために獲物の中でも弱い存在から狙う。今の3人の中で一番弱いのは間違いなくこのザニア人で、私とランとしては民間人に被害を及ぼさないためにこうやって討伐を決行しようとしているという現状。
「ラン、“水星の魔弾”はどれくらい残ってる?」
「…申し訳ありません、主スティラ。偵察を目的としていたこともあって、10発分しか持ち合わせておりません。」
「10発、か…」
恐らく、いや確実に10発では討伐には足りない。ドラゴン系の最大の急所───逆鱗を完全に捉えたとしても。
「コロナボムも護身用の1個だけ…状況としては割と最悪に近いね」
だからといって諦めるわけにはいかないし、後ろに下がるわけにもいかない。
「主スティラ…」
「…ラン、現状の確認。討伐対象は“ドラギュート・フーリス”。空中滞空型の星侵獣にして超大型のドラゴン型星侵獣。星間ギルドの規定によれば通常時は危険度はBであるが、繁殖期であればAまで引き上げられる。」
参考までにアズマントは危険度F。アズマント・クラウドは危険度D。ヴァルタスは危険度C。
「火属性の存在に対し、有効的な水属性第六段階───“水星”の銃弾は残弾数10発。基本的にどんな相手にでも効く日属性第三段階───“冠”の爆弾は1つ。戦闘可能な人材は2名、そのうち1名負傷中。状況的には圧倒的に不利、無謀な戦闘ではあるが、後退することは許されない。」
何故なら───
「私達の背後にはザニアの人が住む街がある。これ以上民間人に被害を出してはいけない。」
「……!」
「護衛対象1名、戦闘に巻き込まれたザニア人を無事に生還させ、討伐対象を完全に沈黙させることを絶対条件とする───」
「…厳しいですね、主スティラ……」
ガシャン、という音が聞こえた。恐らく狙撃銃のボルトを引いた音。
「ラン、“アレ”も用意しておいて。あとそこのザニア人に“圧力障壁”をお願い。」
「連れて行く───しかありませんものね。この状況では。」
「そう。…それでそこの…えっと」
私はさっきから“そこのザニア人”と呼んではいるけど、本人を呼ぶのにそれではあまりにも失礼だと思っていた。それに気が付いたのか、ザニア人の少年が口を開いた。
「シルファナ。わよん名は“ルシリール・シルファナ”けろ…!」
「ルシリールね。…シルファってもしかして“風”の亜形…?……まぁ、いいか。」
こういう姓の人って割とSi Skillに適性が高い人が多いんだけど……今はどうでもいい。
「ルシリール、今からかなり怖いことをする。申し訳ないんだけど、耐えて。」
「え?え、えと…」
「拒否権はほぼないよ。…じゃないと、あなたが死ぬ。このまま死にたいか強い恐怖を感じながらも生きたいか。どちらか一方。」
幻像隠蔽もすでに効果を喪っている。そもそもあれはここにいるという現状は変わらないため起動していたところで移動しなければ意味がない。
「わ、分かたけろ…」
「ん、よろしい。」
「用意できました、主スティラ。…維持を、代わります」
そのランの言葉に左手を差し出す。ランが表情を歪ませながらも右手を重ねる。魔技交代で災避の壁の主導権を譲渡する。
「さてと」
思考の裏側で詠唱を構築しておく。…詠唱省略はちゃんとした詠唱をしないで無理矢理起動するからこそ弱い。無言詠唱も“詠唱”という工程を一見省いているように見えるものの、実際はその工程が行われているため通常詠唱とあまり変わらない。
「…“星影”。今の私でアレ、行けると思う?」
答えはない。…まぁ当然。星影って私の刀の銘だし。
「よっと…ルシリール、乗って」
「…ぇ?」
「乗って、私に掴まって。そうじゃなかったら振り落とされても知らないから。」
…まぁ、振り落とさないようには気を付けるけども。
「乗る…て、“箒”に??」
む……
「箒飛行術は割と太陽系圏だと常識なんだけどな…」
流れ星でなくとも割と使う箒飛行。元々は魔女に憧れたか何かで始めた人がいたのがきっかけ。空想の憧れが異世界と繋がったことで現実にできるようになって、大喜びした人は多かったという。
「早く乗って。で、私にちゃんと掴まってて。どんな風に掴まってもいいから。」
「どんな…風に」
そう、どんな風につかまっててもいい。…セクハラ行為?できるほど軟な飛行しないよ、私は。
「んな、失礼するけろ…」
ルシリールは箒に跨る私の後ろに乗り、私の腰に腕を回した。それを確認した後ランの方を見る。
「ラン!“時限魔技球”で災避の壁を3分維持に設定!災避の壁が消えるタイミングで飛ぶよ!!」
「畏まりました!!」
そう叫んだランが“時限魔技球”と呼ばれる時間制限付きでSi Skillを維持してくれる道具を起動し、私の跨る箒にルシリールに背中を預けるような向きで狙撃銃を構えて跨る。私はちょっと特殊なボムを手にスフィアの効果時間切れを待って───
「行くよ!」
災避の壁消滅2秒前。私は地面を蹴り、ボムを投げて空へと飛んだ。