非・いつもの朝
案の定、割れたガラスは俺の背中に降り注いだ。幸い、破片は細かいものばかりで俺の背中を貫くには至らなかった。
景気よく遠慮なく、店のガラスというガラスを割り、もう割るガラスが無くなると、襲撃者は苛つく高めの声で笑った。
「ははははは!どうだ!にゃんにゃんカンパニー!!おっと、会長からの手紙だゼェー!」
サンポーニャかと思う程の排気管が生えるバイクにのったウサギ野郎は、紙飛行機に折った会長からの手紙を店に飛ばすと、近所迷惑極まりない騒音を立てながら走り去って行った。
ガラスの破片を払い落としながら立ち上がると、ケガを負ったうちの下っ端共が目に入った。
「チッ!無事かてめえら!」
「おやぶうん!」
にゃああん!と叫びながら若い衆がパタパタと寄ってくる。怖かったらしい。弱冠涙目だった。
「親分さん!お怪我は!?」
続いてニコも立ち上がる。俺はニコを頭の先からつま先まで眺め、怪我が無いことを確認する。よし。無事ならいい。
「俺はこんなの何でもない。悪いが若い奴らの手当をしてやってくれ」
「は、はい!皆さん、こちらに!」
奮起したニコは、若い衆を連れて上の階へ上がって行った。
「ま、待ってください!僕もケガを!」
遅れてシオンがニコを追いかけようとしている。だが、特別どこかを切った様子は無い。
「お前はもういいから仕事に行けよ」
「よく見ろ口から血が出てるだろうが!」
「お前は毎朝そうだよ!!!!!」
俺は殆ど蹴とばすようにシオンを店から追い出した。シオンは悪態や恨み言を散々喚きながら仕事に行った。
シオンは郵便局の預かりだ。管轄の違う奴を巻き込んでは面倒が過ぎる。
俺は滅茶苦茶になった店内を見回すと、よっこらせと元座っていたカウンター席に座る。胸毛ポケットから葉巻を一本取り出して咥えると、すかさず幹部の一人がジッポーを差し出し、葉巻に火を点ける。
「はああー」
モクモクと煙が渦巻く。換気し放題となった店内は、パーパーで非常に風通りがよく、野暮ったくも葉巻の煙を直ぐに消してしまう。
「親分、どうしましょう」
幹部たちは俺を囲んだ。
「紙飛行機。持ってこい」
部下がガラスを踏まないようにそろりそろりとつま先立ちで紙飛行機を拾って持ってくる。ご丁寧に凝った折り方で折られていたため、開くと手紙に折り目がびっしりついていて読みづらい。
「無駄なことしやがって…」
スパスパと葉巻を吹かしながら手紙に目を通す。相変わらずの丸っこい文字で、次の様に書いてあった。字面から奴の高い声が連想されて腹が立つ。
『にゃんにゃんカンパニーへ 春爛漫の候、ご機嫌いかがで候』
すでに破り捨てたくなるが、部下たちの手前ぐっとこらえる。
『貴様のシマを今日こそ奪ってやるぜ覚悟しろ!命が惜しけりゃ逃げればいいぜ!本日午後12時、廃工場で待つ。逃げるなよ ぴょんぴょん商会 会長より』
読み終わって、俺はそれを無言で幹部に回す。手紙を読んだ幹部たちは怪訝な顔をした。
「親分、午後12時って真夜中じゃ…あれ?12時?ん?」
「合ってる!お前が合ってる!迷うんじゃねえ!」
「でも絶対お昼のつもりで書いてますよね」
うちの者どもがしっかり者で良かったと思いつつ、俺はこれを送ってきた奴のことを思うと頭が痛くなった。
「馬鹿なの。そういうやつなの」
俺があちゃーと額を抑えると、別の部下がまた「逃げてもいいのか、逃げちゃいけないのか…」と首を傾げている。
「難しいっすね!」
「真面目に読むんじゃねえ!頭がおかしくなるぞ」
俺は部下の手から手紙をもぎ取ると、床に叩きつけた。