どっちがいい?って言われましても
「……で、どっちがいい?」
おじさまは私をみて、おっしゃった。
アルバートン伯爵家の応接間に、私は縮こまって座っている。
セレーナ・ティスデイルが学校から紹介してもらってアルバイトしている小さな薬局に、いつも来てくださる品のいいおじさま。
まさかその方が伯爵家の方だったなんて……。
そんな方が街の小さな薬局にくるなんて思ってもいなかったので、彼がそんなすごい方なんて知らなかった。
ただの、気のいいおじさまだなーって思っていたのだ。
いつも普通に営業スマイルで対応させてはいただいてたのだけど。
お菓子を差し入れてくださったり、本当によくしてくださっていて。
薬局なので、薬を一回処方したら、一週間は来なくてもいいのによく来られるな、って思っていた。
いや、よく考えたら差し入れに来られる方が多かったかも?
さっき出勤したら、薬局の店長が、おじさまに薬を届けてくれないかとおっしゃるので、お薬を持っていっただけだったはずなのに。
そういえば、店長が、何か申し訳なさそうな顔をしていた気がする。
店長、さてはご存知だったのね?
そんなことを考えながら、絢爛豪華な応接間で、私は、おじさまと、2人の息子さんと対峙していた。
※※※
薬を届けたら、そのまま直帰してもいいよ、と店長がおっしゃっていてくださったで、ありがたくそのまま帰宅している。
いや、本当は普段の退勤時間より遅くなってしまった。
寮の食堂は終わっている。
あぁ、夕食抜きだわ……。
結局、あの場では何も考えられず、選ぶ以前の問題で。
私はアタフタして何も答えられずに、どんどん時間が過ぎていき。
さすがにおじさま、いや、アルバートン伯爵が業を煮やし、息子さんお二人の釣書を持たせてくださり、ようやく帰していただいたのだ。
ただ、本当は迷ってもいない。
むしろ、どう上手く断ろうかとずっと思っていたのだ。
伯爵の面影を残しつつも、若き見目麗しき伯爵家の息子さん二人が、なぜこんな平民出で特筆した魅力もない私と婚約する話になっているのかも見えない。
誰かに相談したら、絶対もったいないお話だよ! って言われそうなんだけど。
……私は好きな人がいるのだ。
とはいえ、両思いというわけではない。
きっと叶うことは無いと思う。
私は、ずっと好きな人の腕の中で、愛を囁かれてみたい、って夢みている。
子どもみたいだって笑われてもいい。
決して叶わないと知っているけど、そんな想像をしては一人の寂しさを癒やすことくらいは許してもらいたい。
誰に許されるんだ、って感じだけど。
結ばれることは無理なのは承知の上で、とりあえず今は他の人との婚約なんて決めたくないんだ。
わがままかもしれないけど。
私は、村出身の平民だ。
長いミルクティーブラウンの髪色をルーズに結っており、
明るい茶色の瞳は、悪くはないが普通、というのが自分の評価だ。
せめて、絶世の美女、というのならよかったのだけど。
ただ、ありがたいことに、平民では珍しいといわれる、
魔法の力が備わっていて、特待生として、王立管轄の、魔法を勉強する学園に入学させていただいた。
王立管轄だけに、卒業後の進路は安泰で、村のみんなは本当に喜んでくれた。
なので、みんなのためにも、無事、卒業したいと思っているのだ。
と言うわけで、好きな人はともかく、今は卒業までしっかり勉学に励みたいので、結婚のことは考えられない。
私は、アタフタ混乱していただけで、特に何もしてないというのに、かなりヘトヘトになって、寮に帰りついた。
平民の特待生たちの住まう、このこじんまりとした寮は、特待生でなくとも住むことはできるのだが、学園の生徒はに貴族の方が多いためか、ここに住むものはとても少ない。
従って特に分けられることもなく男女共同だ。
その私の部屋の、粗末なドアをあけると、リアム・ジョンソンがいた。
「……おかえり」
ふんわり笑ってくれる。
リアムって優しい声だな、と私は思う。
「びっくりした! 私の部屋でどうしたの?」
部屋で待たれているのは驚いたが、疲れて帰ってきたから、彼の顔をみれるのは純粋に嬉しくて笑ってしまう。
彼は隣国から留学してきたとても素敵な青年だ。
綺麗なハニーブロンドの髪色に、紺色の瞳は、
知的で高貴な感じで王族だときいても納得してしまう。
とはいえ、本人は爵位に毛が生えた程度だから気にしないで、なんて言う。
代々騎士を選出してきたご家庭ということで、他国の現状をしりたいとこちらに留学されたとのことだ。
立派なお考えの持ち主であることもあり、村出身の平民の私と、まさか同じ寮に住んでいるのがおかしいくらいなのだけど、何故だか、こんな粗末な寮をお選びになり、入学からことあるごとに私を助けてくれている。
こんな田舎の平民出にもとても優しい人なのだ。
しかも同じ寮仲間ということで、敬語もしなくていいと言ってくださり、私はこのように気さくに話しをさせてもらっている。
「セレーナ、すごく疲れてるみたいだけど、仕事が忙しかったのかな? 夕食に間に合ってなかったから、簡単に食べれるご飯を食堂のサラさんに詰めてもらったんだ」
リアムはそう言ってランチボックスを開けてくれる。
とてもおいしそうだ。
「リアム……ありがとう! わたし、とても疲れてたの。ぺこぺこにお腹がすいてたから、すごく嬉しい。サラさんにもお礼いわなきゃだわ」
椅子が一脚しかなく、そちらにリアムが座っていたのだが、セレーナは持っていた釣書を小さな寮の備え付けのデスクに置いてたところ、リアムが隅に置いていた簡易椅子を広げてそちらに座ってくれた。
ありがたく、遠慮なく座り慣れた自分の椅子に座らせてもらう。
優しいな、リアム。
あぁ、疲れた……。だらしがないが、深く座り込んでしまう。
ぺこぺこのお腹を満たそうと、早速リアムが用意してくれたランチボックスに手をつけようとしたその時。
「何コレ」リアムが言った。
先程いたばかりの、アルバートン伯爵家の応接間を思いださせる豪華な装丁で、一目見ても釣書だとわかるソレは、さすがに私が持つのも不釣り合いすぎたのだろう。
リアムの目に止まったようだ。
「話すと長くなるのだけど……」
と言い終わらないうちに、リアムは釣書をすでに開いて見ていた。
「この二人アルバートン伯爵家の双子じゃないか。隣のクラスの」
とびっくりするようなことを言う。
「ええそうなの? 双子? 隣のクラス? 全くわからなかった……。薬局のお客様にお薬を届けたら、どちらを選ぶかなんてそんな話になってしまって。絶対何かの間違いだと思うのだけど」
きっとそうだ。そもそもどちらがいいかなんて訳の分からない話だ。
明日になったら昨日の話は間違いでした、なんて連絡が来るかも。
そんなことを考えていた私は、リアムが、
「どっちかを選ぶだって?コレは握り潰さないと……」
とつぶやいていたのを私は全然気づかなかったのだった。
新しい話を考えてみました。
ドキドキ!