美しい筋肉です。十点。
こ れ は ギ ャ グ で す
ここは花と筋肉咲き誇るムキーン王国。
この国では多くのことが筋肉によって決まる。
地位も、名誉も、美しさも。
それは建国から五百年間、彼らがその筋肉で国を守り、栄えさせてきたからに他ならない。
彼らは筋肉によって繁栄したのだ。
そのため、国民たちは一に筋肉、二に筋肉、三に筋肉と筋肉を鍛え上げることが生活の一環だ。
それもそのはず、美しささえも筋肉で決まるからだ。
この国の女性たちはボディービルダーのような体の男を好む。
太い上腕二頭筋。
割れた腹筋。
盛り上がった胸筋。
筋肉を鍛えることにストイックになりすぎて実直単純な性格がお国柄となってしまったこの国では男たちはモテることに関しても一直線だ。逞しい筋肉を女性たちにアピールするために日々鍛えに鍛え、筋肉を育て上げる。国のいたるところでトレーニング中の唸り声などが聞こえるのがこの国の名物にもなっている。
そんな国に住む女性たちだが、彼女らは一部例外を除き筋肉ダルマではない。
ムキーン国では女性は守るべきものという認識が強く、華奢ですらりとしている方が男性に好かれる。けれど、彼女らは見た目細くて今にも折れそうではあるが、脳まで筋肉に変わってしまった男たちの手綱を握るために頭を巡らせる策略家だ。この国が長きにわたり外交で大きな失敗をしなかったのは彼女らのお陰だと言われている。とある国では『触らぬムキーンの女に祟りなし』ということわざまであるらしい。
そんな筋肉によって成り立っている国にとある少女がいた。もちろんそれは私――リリアーヌのことだ。
「あぁ、リリアーヌ嬢、ぜひ我が愛を受け取っておくれ」
曝け出された上半身。
胸筋を膨らませてマッスルポーズを決めるイケメン。
その言葉はまるで宝塚の舞台上で放たれたように演技がかっていた。しかし、この青年は本気であろう。
国花でありプロポーズの定番である白い花を口に咥え、ジトっとした熱い視線を私に送る。
―――ああ、こういったプロポーズは何回目だろうか。
もう両手では数えられないほどされている気がする。この国の筋肉たちは根回しなんてことは知らず、惚れたらすぐに求婚するものだから困ったものだ。彼らは惚れやすい、というわけではないが、なにぶんこの数年で私は筋肉たち(つまり国内の男たち)の間で有名になりすぎた。そのせいで一日一求婚されているわけだけれど―――
「五点っ!!」
私はスカートに隠し持っていた点数のプラカードを取り出すと、目の前の男に突き付けた。
男はそのプラカードを見て、シュン、と眉を下げると決めていたポーズから背筋を曲げ、項垂れた。落ち込んだことが丸わかりだ。
確かこのきんにk――ではなく、青年はとある名家の跡取りだった気がするが、今はそんな肩書は見る間もない。どんよりとした空気を周りに散らし、恐らく今の場所に留まり続ければその湿っぽさにキノコが生えるだろう。
だが、私はそんなこといちいち気にしない。
「腕の筋肉の増強のしすぎで全体のバランスが悪すぎるわ。特に太もも。腕に比べて全然太さが足りない」
パッと見て思ったことを述べていく。
他にも上腕二頭筋には引き締まった太い筋肉がついているのに、胸筋も背筋も鍛え方が足りなくて見苦しい。腕の筋肉に合わせるならもっと盛り上がった胸筋をつけなきゃ。
「まあ、腕の筋肉は綺麗だから、精進することね」
軽くアドバイスを添えて私はその場を去った。青年は先ほどとは打って変わって意気揚々と立ち上がり、目を輝かせて頑張ります! と後ろで叫んでいた。単純。
ふぅ、と小さく息を吐くと、コツコツと足音を立てて事務所へと向かう。まさか出勤中の往来でプロポーズテロに合うだなんて大幅な時間のロスだ。
鍛えるためだからとムキーン国の乗り物は人力車が一般だが、今日はいつも引いてくれる筋肉が城に出仕していていなかった。他の人力車に乗る気にもなれず、仕方がなく歩くことにしたというのに、今度からは他の人に頼むことにする。私に気があるあの庭師の青年なら喜んで引いてくれるだろう。
「おはよう」
家から約十分ほどの事務所に私は到着すると、すでに従業員の二人は集まっていた。
「社長、今日は遅かったですね」
「遅れてごめんなさい。すぐそこの本屋の前で求婚されて」
あははっと乾いた笑みを浮かべながら私は一番上座にある席に腰を掛けた。
彼女らの表情を見ると、この一言で納得したようだ。嬉しくないが、それだけ私の話はこの国で有名だ。
「社長は相変わらずモテますねぇ。その相手を半分くらい分けてほしいくらいですよぉ」
「そうそう、さっき求婚していたのもマッスル商会の御曹司ですよね?」
「ええっ、あの商会の!? 社長もったいないことしましたねぇ」
のんびりとした話し方をするのは二人しかいない従業員の一人、リーナだ。そしてほんの数分前だというのにすでに情報を掴んでいるのはもう片方の従業員でありリーナの双子の妹、レーナだ。彼女の情報力には本当に脱帽する。私は未だにどうやって彼女が情報を得ているか知らない。詳細を聞いても「ふふふふ」と彩光を無視して顔の影を濃くして黒く笑うだけだ。
「勿体ないも何も、私が結婚する気がないことは知っているでしょう? それに彼、五点よ」
「「あ~、なるほど」」
私が期待はずれだわ、とため息をつくと二人は笑って納得した。
「では、朝のミーティングを始めましょうか」
仕事モードの真面目な声で話題を変えると、すでに制服に着替えていた二人はシャキッと姿勢を正した。私は小さく頷き、話を続ける。
「今日はわかっている通り、王城でのトレーニング補助とアドバイスよ。月に一回とはいえ、大口の顧客なんだから失礼ないようにね。確か今日は―――、えーっと、」
「第五師団ですよぉ」
「ああ、そうそう。第五師団を担当するわ。彼らは北の砦の訓練から戻ってきたばかりでその筋肉アピールに余念がないと思うけれど、いつも通り軽くあしらったり無視していいわ」
「了解です」
プロテインや運ぶ器具の一覧に目を通し、準備をよろしくと私は書類の整理を始めた。
◇
日本という国からこのムキーン王国に生まれ変わって、早十七年。
私は貴族でも高位の侯爵家に生まれた。生まれ変わった当初はなんだなんだと混乱したものだが、赤ん坊の適応力は素晴らしい。いつの間にかこの世界に馴染んでいた。
そんな私には年の離れた兄と姉がいる。生まれた時には二人の歳は十を超え、ハイハイする私を抱き上げたりあやしたりと面倒を見てくれた。だが、兄は私の面倒を見ながらよく溜息をついていた。その原因はどうやら自分の筋肉にあるようだった。
どうやら兄は華奢な母に似て細い身体に生まれたようだ。ムキーン王国では盛り上がった逞しい筋肉が美しいとされるため、いくら鍛えても体質的にそんな筋肉にならない兄はそれがコンプレックスになっていた。それに加え姉はこの国流の肉体美を極めた父に似てしまい、ごつい体つきをしている。顔の堀が深いせいで常に目元に影が落ち、胸はある意味大きいが、絶対に硬くて揉めない。姉がそんなゴリラ、ではなく筋肉美な姿をしているものだから、兄のコンプレックスは深まるばかりだった。
だが、そういった悩みを相談する相手が兄にはいなかった。
父は二言目に筋肉を鍛えよというし、姉は寡黙に一人で筋トレをしている。他国から嫁いできた母に至ってはおっとり過ぎてきっと兄の悩みが分かりっこないだろう。だからきっと兄は赤ん坊の私に打ち明けたのだ。自分の悩みを。
自分はなんでこんなに筋肉がつかないんだろう。姉はあんなにムキムキなのに何でこんな細い腕をしているんだろう。自分はダメなやつなんだ。などなどなどなど。
毎日毎日うじうじうじうじ赤ん坊に話しかけるのを私は三歳までは耐えたがついに不満が爆発した。兄に向って鍛え方が悪いんじゃぁ! と怒鳴った。
この国の筋肉たちの鍛え方はワンパターンで、とにかくトレーニングを積み重ねることだ。重いものを担ぎ、走り、唸り声をあげてスクワットなどをする。彼らは自分を苛め抜くことしか考えていなくて、プロテインや効率的に筋肉を鍛え上げられるトレーニング器具などには無頓着だった。だからそういった文化がなかった。兄は確かに細マッチョの筋肉をしているが、そう言ったものを使うことで少しでも理想のボディービルダーのような体形に近づけるだろう。
幼い私は兄に力説した。前世で実はジムのトレーナーをしていた私は次々とトレーニングマシーンを考案し、作らせた。プロテインに関しては作り方が分からなかったので最初は鶏のささみなどで代用していたが、とある木の実を乾燥させて食べる地域が筋肉率高いと有名だったので今はそれを使っている。
そして私の指導の下、兄はこの国でも指折りの筋肉に育ったのだ。正直筋肉の質が違うからそうなるとは思っていなかったのだが、単純な脳にプラシーボ効果でもあったのだろうか。私でもドン引きするほどの筋肉が作り上がった。食事管理は徹底して管理しているはずだが、兄はドーピングでもしたのではないだろうかと今でも疑っている。
そんなこんなで兄を筋肉にした私は一躍有名になった。とりわけ兄のような細マッチョの男たちから。どうやって兄をここまでムキムキにしたのかと問い詰められ、うんざりした私はそれを商売にすることにした。私は昔からこの日本があった世界とは異なる世界を見聞して回りたかった。これはその資金集めのためだ。
トレーニングマシーンを増産し、木の実を粉末化させたものをプロテインとして商品化し、ジムトレーナーのころの知識を生かしてぼろ儲け。国の中での競争企業は出てこなかったし、他国から類似品の発売はあったが単純な筋肉たちはいくら安いほうがあってもオリジナルの私の商品のほうがいいに決まっていると競争相手はすぐに本国に撤退した。流石筋肉を鍛え上げることに全てを費やす国だ。毎度あり。
やがて私の評判は国中に広がり、どの筋肉も私のお店の顧客というわけだ。それは王族や騎士団も含まれる。特に王族にはとっても高いオプション料金の付いた個人レッスン、騎士団には集団レッスンを定期的に頼まれている。私は儲かるから高笑いが止まらない。
そして今に至る。
「―――リリアーヌ嬢、今日こそ、今日こそ貴方に認められたい……」
騎士団は相も変わらず筋肉を育てることに余念がない。今日もトレーニングの休憩時間で早速筋肉アピールが始まった。
少し前から私は太ももに点数の書いたプラカードを用意している。母がなんとなく点数付けすれば面白いじゃないかしら? と言っていたので家族の筋肉を点数化したのがきっかけだ。最大十点で、筋肉を総合評価している。今までの最高得点は姉で九点だ。文句のつけようのない筋肉に私もその点数を付けざるを得なかった。ちなみに兄と父は八点で、姉に勝とうと今必死である。とまあ、それが少し面白かったので知り合いに点数をつけて言ったらなぜか流行ってしまった。私は流行を作る天才かもしれない(ムキーン王国に限る)。だがこの流行り、点数をつけるのが私しかいないので、自分の筋肉の格付けチェックの為に時折こうして筋肉を見せつけるポーズをしてくる人たちが増えている。私はそれを格付けテロと呼んでいる。
「七点!」
ビシッとプラカードを出すと、その筋肉はもっと高得点の自信があったのか、しょんぼりと肩を落とした。中々いい逆三角形だが、肩の筋肉がもう少しキレていてもいい。
アドバイスをすると、筋肉は嬉しそうに肩を鍛えるマシンへと向かっていった。
それにしても騎士団は平均点が七点ほどだろうか。やはり鍛え上げられた筋肉が多い。みな、ボディービルダー並みで、騎士団服がミチミチと今にも破けそうだ。とはいっても、彼らはすぐに筋肉を鍛えるために脱ぐので、来ていることはほとんどないのだが。
「リリアーヌ嬢」
ふんっ、と力んだ声とともにまた格付けテロが起きる。この見覚えのある筋肉は六点だ。前にも来たことがあるが、七点を挙げるほどには育っていない。プラカードを見て、まだ足りていないと分かったのだろう。少し落ち込みながら去っていった。
私は格付けテロをあしらいつつ、第五師団の筋肉たちについて記録をする。仕事で来ているだ。サボることはしない。
「いつも感謝する」
「あら、師団長、お疲れ様です」
均衡のとれた八点筋肉が現れて、私は挨拶をする。彼はこの師団の長で、目の前の筋肉たちをまとめている。この国では珍しい頭のまわる方で、既婚者でプロポーズをされる心配もなくて安心して話ができる。
「今日はどうだ?」
「悪くないですね。北の砦での訓練の成果がよく出ています。しかし行軍が長かったせいか上半身が少し鍛えたりないです」
「そうか。次の訓練ではメニューを変えてみよう」
「ええ、オプション料金を払っていただけましたらもちろん訓練メニューを提供させていただきます!」
「ははっ、相も変わらず商魂逞しい。もちろん頼もう」
「毎度ありがとうございます!」
話が分かる師団長は素敵だ。いつも稼がせてもらってありがたい。私はメモ用紙に訓練メニューの作成と書く。訓練は半年後だが、早めに考えて損はないだろう。帰って取り掛かろう。
「ところでリリアーヌ嬢はあの噂を聞いたか?」
筋肉たちの訓練についてメモを取っていると、師団長がそんな話題を振ってきた。あの噂と言われても、なんのことだかさっぱりだ。指示語だけで分かるわけがない。
「あの噂とはなんですか……?」
首を傾げると、師団長は周りを見回し、私を手招きした。近づくと、師団長がしゃがんできて、耳元で囁かれる。
「君が結婚するかもしれない話だ」
「えーーーーーっ! な、なんの話ですか!?」
まさに寝耳に水。自分のことなのに初耳だ。私が結婚? そんな話は父も兄も教えてくれなかった。つい大声で叫んでしまったが、師団長はしーっと口元に一本指を当ててそれを抑えさせた。
「やはり知らなかったか。君の結婚はこの国の誰もが注目している。だから内密にな」
「は、はぁ」
「リリアーヌ嬢は最近我らに点数を付けているだろう? 十点が誰もいないのはそれが結婚相手のためじゃないかと言われている。すでに十点がいて、その人と結婚間近という噂もあった」
筋肉を縮めて師団長がそうやって教えてくれたが、結婚に全く関係ないようでよかった。十点の人が結婚相手? そんな人いるわけないし、作ることもないからだ。アンケートとかでなんとなく最高点や最低点が付けたくない気持ちが分かるだろうか? 私のこの点数付けもそれと同じで一番上の点数をつけてしまえばそれまでの気がしてしまうのでつけていない。きっと姉の筋肉美は十点だろうが、十点を付けてしまうのはそれが最高を意味している気がして嫌なのだ。姉の筋肉はもっと上を目指せる。頑張れ姉。というわけで、十点をつけることはない。――それに私の好みはもっと別だし。
あり得ない話を言われて、私は茶化すように笑った。
「師団長、それは所詮噂ですよ。十点なんているわけないので、私は当分結婚することはないです」
「だが、そろそろ結婚は考えているだろう?」
「そんな前時代的な考えを持っていると嫌われちゃいますよ? 女性の幸せは結婚だけではありません。私は商会も繁盛していますし、まだやりたいことがたくさんあるんですから結婚を考えるのはまだ先です!」
「……そうか」
師団長は納得したような、そうじゃないような表情をしていた。そういえば前に甥はどうかと言われたことがあった。また紹介されては堪らないので逃げるようにその場を離れた。
その日の仕事は無事に終えた。
次の日、私は事務所へは行かず、朝からメイドたちに身支度をさせられていた。これでも身分は侯爵令嬢。でなければいけない会合は、きちんと参加している。面倒ではあるが、顧客を増やすためと思えば楽しいものである。
今日は隣国数か国の外交官との交流のようだ。最近、外国向けにオーガニック系商品の発売を開始した。この国はプロテインだけで採算が取れるのだが、他国はでそうはいかない。そこで新しく開発したのだが、まだ顧客数は少なく、この会合でもっと広めたい。
きれいに着飾られ、鏡の前に立つ。母から受け継いだ薄いピンクが混ざった銀糸の髪に、青い瞳。全体的に色素が薄く、母に似てタレ目と困り眉毛のせいで儚くみえる。黙って座っていればそのまま消えていなくなりそうだ。普段はそういう印象を抱かせないために髪を上げ、逆三角の眼鏡を付けていかにも出来ますという雰囲気を頑張って作っている。しかし、交流用に着飾られるとメイドたちは髪が下ろしたほうが可愛いと言ってハーフアップにされてしまうので、相も変わらず儚げ美人に仕上がる。どうやらこういった吹けば飛びそうな見た目のほうが男どもを騙しやすいかららしい。さすがメイドたちもムキーンの女だ。抜け目ない。
「あらあら、リリアーヌちゃん、かわいいわ」
今日は母の出身国の外交官も来るということで、いつも家でのんびり花を愛でている母も参加するらしい。一緒に馬車に乗り込むと、褒めてくれた。しかし、母も母で三児を生んだとは思えないプロポーションである。モデル体型から崩れたところを見たことがないし、私と並べば姉妹と間違えられるくらいの見た目だ。美魔女とはこの人だと思えるくらい美しい。
「お母様も今日もお美しいです」
「あらまあ、嬉しいこと言ってくれるわね」
少し照れる母。頬を染める初々しい様子がすごく可愛い。実の母ながら、すごく可愛い。念のためもう一度言っておくが、母がすごく可愛い。
母を見た瞬間プロポーズをした過去の父は普段は頭が使えないが、あの時ばかりは天才だったと思う。母を手籠めにした父ナイス。父は軍事で重役に着くほどすごい人だが、母の前では未だ照れ屋で、母も嬉しいと恥ずかしくなってしまうタイプなので、二人は結婚して二十年以上たっているのにまだ新婚のようで見ていて微笑ましい。そんな夫婦を両親に持ってとても幸せだ。私も結婚するなら好みの人と一緒になりたい。
「今日は久しぶりにお母様と二人での参加ですね」
「そうねぇ。旦那様も二人も来月の大会に忙しいもの……」
大会とは、国一番のボディービルダーを決める大会である。もちろん主催は私だ。この国には明確に順序を決める、争う場がなかったので、これはお金になると十年ほど前に提案したものが今の今まで続いている。予選が半月後に行われるので、最近の筋肉たちは予選突破のために自分の筋肉を傷めつけることに毎日いそしんでいる。ちなみに男女部門は分かれていないので、合同で行われる。
「私は今年も姉様が勝つと思いますよ?」
「まぁっ! 審査員のリリアーヌちゃんがそれ言ってしまったら、旦那様と貴女のお兄様が落ち込んでしまうわ」
「そう言って鼓舞でもしないと、父様と兄様が姉様に勝つのは難しいです。姉様のストイックさと言ったら……」
「けれど、他にも優勝候補はいるのでしょう?」
「ええ、国王陛下も今年は仕上げておりましたね。あとは第三師団長ですとか、第一王子殿下、ムッキムキ商会先代のご老体、第四王女殿下、第六師団の大隊長もいい線いっていますね」
「今年も楽しくなりそうね」
「ええ」
そんなこんな話しているうちに、今日の会合が行われるサロンに着いた。馬車から降りて、控室に通される。主催国からの参加なので、遅れないようにと大分余裕をもって到着したのだ。まだ開始までに余裕がある。二人で同じソファに腰を下ろすと、同じく早めに来た人がこちらにやってきた。ムキーン王国の外務副大臣を務めていらっしゃるアンドレ―伯爵夫人だ。
「あら、リリアーヌ様、ラウリエール様、お久しぶりです」
「アンドレ―外務副大臣、ご無沙汰しております」
「そんなに畏まらないでくださいませ。今日は交流の場なのですよ?」
くすくす、と扇子で顔を半分隠しながら外務副大臣は言った。だが、ムキーン王国の女性を前に畏まらないでいられるわけがない。正直隙を見せれば手玉に乗せられてあれよあれよと彼女たちの思うままに操られてしまう。この外交副大臣は三年ほど前、隣国数か国の穀物のインフレとかデフレを操って我が国に条件のいい交通路を開拓した方だったはずだ。初めから気が抜けない。私もムキーン王国出身だが、思考回路は危機感の足りない前世の日本人のままなので、いつ転がされるのか分かったものじゃない。敵は内にありと気合を入れると、すぐに外交副大臣は話を始めた。
「噂なのですけれど、リリアーヌ様、ご結婚なさるんですか?」
「えっ! い、いえ、しませんよ。それってまさか、十点の人と結婚するって話ですか?」
「ええ、王城ではかなり噂になっています。十点の相手がいないことは存じていますので、誰が十点に選ばれるのかと官僚で賭け事をしてますのよ」
第五師団長はすで相手がいるのではという噂を半分真に受けていたが、その相手がいないことを知っているのはさすがだ。それよりも、官僚の方々でなにしとるんですかい。
「か、賭けですか?」
「ええ、わたくしたちに関しては男女問わず、誰が十点に選ばれるかを。――しかし、リリアーヌ様が意図せずとも噂はかなり広がっていますから十点の方が現れたらその方と結婚になることでしょう。周りも認めて祝ってくれるはずですわ」
「なんですとぉ!?」
つい大きな声が出てしまった。いつの間にそんな話が広がっていたのか。確かに筋肉たちは私が選んだ人ならば涙を流しながら認めて祝ってくれそうである。がしかし、この事実を当事者の私が今の今まで知らなかったのはなぜなんだ……。母はあらまあリリアーヌちゃんも結婚するのねと笑っているし、お願いなので他人ごとにしないでください。
しかし、なぜここまで噂が広がっているのか。誰かの糸さえ感じる。具体的に言えば、誰かが操っているような――……。チラリと外務副大臣を見る
「ま、まさか、外務副大臣が積極的に噂を流していたりしませんよね?」
彼女は扇子をたたむと、にこりと笑いかけて下さった。これは確実に黒幕の笑みですわ。
「わたくしの上司が面白そうだ……、いえ、リリアーヌ様の未来を案じて流してしまったのよ。最近、国内で力を持つリリアーヌ様を奪おうと考える他国もございますから」
「今、面白そうって聞こえた気がしたのですが」
「気のせいですわ」
外務副大臣は扇子をまた広げて口元を隠して笑った。絶対に言ってましたよね、面白そうって?
だがまあ、正直外務副大臣の上司、つまり外務大臣の命令ならば仕方がない気がする。外務大臣様は父の姉、つまり私の伯母である。小さいころに筋肉関連の商売を始めたいと言って支援をしてくれた恩人ではあるのだが、いい年しているのに未だに姪にイタズラを仕掛けて遊ぶような人なので、今回もその一環だろう。だが、影響力抜群の人が面白そうだからって人の結婚話を流さないでほしい! このままだと伯母が面白そうな人連れてきて、その人を十点にせざるを得なくなる状況を作られてそのまま結婚が決まりそうだ。
つい、遠い目になってしまった。母と外務副大臣がくすくすと笑う。ちょうどその時、時間も来て、私は引きずられるように会場へと向かった。
華やかな会場。色とりどりの花が並べられている。ちなみにムキーン王国は花と筋肉の国だが、その花は本物の花と女性たちの美しさの両方を差す。つまり、今日の私は花として会場を盛り上げる必要がある。
外務副大臣が今日は司会役らしく、開始の挨拶を述べている。いろんな国の人たちがいるので、服装が様々で放心していた私は面白くなってきょろきょろ辺りを見回した。ベトナムのアオザイのような衣装の女性、北欧っぽい絵本に出てくる王子さまのような服の人、和風に近い服を着ている人もいて、異世界なのに似ている文化も多くて見ていて楽しい。
そして開始の合図とともに乾杯をすると、みな自由に歩き始める。私は今日は商会の代表としてオーガニック系商品の販路を拡大せねばならない。気合を入れないと。
「ごきげんよう、皆さま」
そう言って何人かの外交官たちと話した。アオザイのような衣装を着ていらっしゃる方は外交官の奥様らしく、オーガニックの石鹸や美容品に興味を持ってくださった。会合の終わりに試供品を渡すことを約束した。試してみてよかったら国に持って帰りたいと言ってくださった。これで奥様の国に広がってくれると儲かるので嬉しい。
他の奥様方の中にも気になる方がいたらしく、試供品を渡す約束をした。うまくいけばかなり事業拡大できそうだと頭の中の計算機がチャリンチャリンと変な音を奏で始める。
「リリアーヌちゃん」
男性陣にはオーガニック食品の健康面での利点を説明していると、別行動をしていた母が話しかけてきた。男性陣に少し席を外すと断って母のもとへ行く。
「お母様、どうかされましたか?」
「ええ、実は意外な方が来ていらしたからリリアーヌちゃんに紹介したいと思って。お話途中にごめんなさいね」
「構いません。とはいえ、意外な方とは誰ですか?」
そう問うと、母はどうぞ、と誰かに声をかけた。その現れた人を見て、私は息をのんでしまった。
「リリアーヌ様、お初にお目にかかります。本日、フロリエス公国外交官として参りましたラハと申します」
「わたしの幼馴染のお子さんよ。幼馴染とは言ってもあちらは七つも上だったから、いつも面倒を見て下さっていたの。大きくなったわねぇ。リリアーヌちゃんも前に一度だけお会いしたことがあるのよ。覚えているかしら?」
「ラウリエール様は全然お変わりなくて驚きました。リリアーヌ様もお美しく成長されましたね」
「あらまあ、口も達者になっちゃって。――――あら、リリアーヌちゃん、どうしたのかしら?」
ハッと私は母の言葉で我を取り戻した。つい心がどこかに行ってしまったようだ。だって、だって、ラハさんがあまりにもタイプだったから!
肉まんのようなぷくっとした頬、揉みたくなる柔らかそうな二の腕、そしてト○ロのように飛びつきたくなる丸々さ。まさに! 彼こそ! 私の好み!
実は私、このムキーン王国に生まれはしたが、好みは前世と変わらぬ少しポチャッとした人である。この国ではすべての男性が鍛えているし、今まで会ってきた他国の要人たちも見目のいい人が選ばれるから人生で初めて太った人を見た。だが、多々太っている人が好きなのではない。顔だって好みがある。彼のはぽっちゃりということだけでなく、無駄に顔がいい! これは惚れないわけがない!
「お、お母様、彼は、ラハ様は、独身でいらっしゃいますか?」
震える声で尋ねた。おっとりした母は首を傾げながらラハさんに尋ねてくれと、どうやら独身のようだ。私の頭の中に花が咲く。だが、ステイステイ、私。独身であっても彼もきっと貴族だ。恋人や婚約者がいるのかもしれない。心にセーフティーをかけて、今度は私から聞いてみた。
「じゃ、じゃあ、恋人はいますか!? 婚約者とか!」
「いえ、今そう言った方はいません」
「ホントですか!?」
舞い上がる気分だった。嬉しさに身体がぴょんぴょんと跳ねそうになるのを理性で頑張って押さえた。
ここで私は先ほど外交副大臣と話したことを思い出した。伯母が私の結婚話に関与し始めている。その内適当に面白そうな人を見つけてきて結婚せざるを得ない状況に追い込まれるのは分かっている。ならば、今ここでアプローチする以外に手はない。いつ行動するの? 今でしょ!
ばさりとスカートを上げる。そして、太ももにつけられたプラカードを手に取った。今まで使ったことのないその一本。
「十点です! 結婚してください!」
勢いよくプラカードを突きつけ、ラハさんに迫る。母が驚きにまあと言い、周りがざわざわとうるさかった。それ以上に勢いあまって突きつけた後、時間が少し経って急に騒ぎ出した心臓がうるさい。
ラハさんは少し驚いた後、目を逸らして、「はい」と言ってくれた。私は喜びの余りに彼に飛びついたのだった。そのままコマに乗って空を飛べるくらい嬉しかった。
この会合の後、納得がいかない筋肉たちがラハさんに挑んで頭脳戦でこっぴどくやられたり、国の重要人物を他国に渡すわけにはいかないと第一王子にプロポーズされたり、伯母が面白そうな結婚相手を連れてきてラハさんが傷心旅行に出かけてそれを追いかけたり、追いついた旅行先で出会ったラハさんの妹がラハさんの初恋相手が私だ教えてくれたり、和解してお互いに気持ちを確かめ合ったり、伯母が連れてきた結婚相手と双子の片割れが結婚することになってひと悶着あったりしたのは別の話。それに加えて、ラハさんが父と兄姉に連れ去られてブートキャンプの上、ぽっちゃりを卒業しちゃったりするのだが、惚れた弱みで私は結局プラカードを掲げて言うのだ。
「美しい筋肉です。十点」
過去に少し書いていたものを完成させたものなので、当時の記憶が薄くて設定ゆるゆるです。