68話 救世主
どうなっているんだ。
エルトの騎士団長,ビル・ジガルテは混乱のさなかにいた。
「おらぁぁぁ」
だが,そんな考えを振り払い,現れた魔物の軍勢に剣を振る。
獣は真っ二つに割れ,そして死んでいった。
だがベルさんの顔は晴れない。なぜなら彼の心配は単純に魔物のせいではないからだ。
ではなぜ彼はこんなに焦っているのか。それは・・・
「なぜここに空間の魔王がいるんだ」
彼は空を見ながらいう。
そこには,黒い空を背景に腕を組んでいる空間の魔王,デルタモルがいた。
「ふははははは。やはりこの世界は我の物だ。さあ,魔獣ども進撃せよ」
戦っている団長のもとに一人の男が寄ってきた。この男こそエンラルド騎士団副団長の名を預かっているトーマスである。
彼のいつものけだるさはどこへやら。何やら慌てた様子だ。
「ビル団長,大変だ」
「んだよ。こっちはこっちで忙しいんだよ」
うるせーな。
ビルは魔獣と戦いながら答える。
「それが,今空間の魔王四天王の一人,ジュペインが出現しました」
「なんだって。今お前はジュペインと言ったのか」
「は,はい」
これはやばいな。
ビルは心の中でつぶやく。
それもそのはずだ。ただでさえ押されている状況に魔王四天王が参戦してきたらどうなるかは一目瞭然だ。
だがやつは死んだと聞いたが,どうなってやがるんだ。
さらに今は魔王自身に手加減されている状況なのだ。もし魔王が本気を出したらどうなることか。
だが,手加減されているからこそ,まだ希望の光が消えていない。そこが彼には屈辱だった。
もっとも,その希望の光も今消えかかっているが。
さらに悪しきことは続く。
ビルのもとにトーマスとおんじく副団長のユーカが駆け寄ってきた。
「大変ですよ,団長」
「なんだよ,君まで。まさか四天王がまた出現したというわけじゃないよな」
「よくわかりましたね。さすがは団長です」
ビルはまたしても頭を抱える。
それもそのはずだ。戦場に二人も四天王が登場したのだ。それも暗部によれば死んだはずの四天王が。
「でも,一つだけ違います」
ユーリが続ける。
「それは,四天王が二人出現したということです。まあ大した違いではないですかね」
おいおいおい。
ビルは泣きそうになった。
なんだってこんな世紀末のようなことに巻き込まれないといけないのだよ。
だがその間にもビルの剣は止まらない。今自分が戦線を離脱したら戦線崩壊は免れないからだ。
だがそこで疑問に思う。
なぜ,彼らは私に報告に来る余裕があるのか,と。
そして彼に怒りが湧いてくる。
「まさか貴様ら,仲間を見捨ててきたのか。だとしたらお前らは・・・」
だが彼は最後までは言い切れない。なぜなら彼らが笑っているからだ。
「違いますよ。僕たちがここに来れたのは,救世主がいたからです。いなかったら今頃俺はこの世にいませんよ」
「そう,あのお方によって助けられました」
「あのお方?」
「はい,あのカウラさんです」
「ええ,あの咲さんです」
なんと。
カウラと咲は,弘樹から呼ばれるのをひたすらに待っていた。
だが一向に呼ばれる気配はない。おかしいなぁ,と彼女たちが思い始めた矢先,事件が起こった。
魔王の再来である。
彼女たちが舞っていると,館のドアが乱暴に開けられる音がいた。カウラと咲は一気に警戒レベルを上げる。
だが,彼女たちのもとにやってきたのは騎士だった。
カウラたちは胸をなでおろす。だが,騎士の発した言葉は驚くべきものであった。
「大変です。魔王が攻めてきました。我々騎士団だけでは対応しきれません。どうか助けてください」
カウラの顔が一気にこわばる。
魔王,だと。
カウラは疑問に思った。
なぜここに魔王がいるのだ,と。さらにはなぜこんなところまで来るまでに報告がないのかと。
もしや既に他の町は陥落していて,エンラルドは終わりなのではないか。
そんな嫌な思いが襲う。だが,その考えを振り払った。
今やるべきことは現状確認,そしてこの街の死守だ。それを間違えてはいけない。
そして騎士の方を見直した。
「状況は把握した。早速案内してくれ」
こうして彼女たちの助太刀が決まった。ちなみに騎士が本当に探しに来たのはギルド総括マスターとギルド副総括マスターであり,彼女たちでないということは言わないほうがいいだろう。
彼女たちは走る。向かう先は騎士団駐屯所である。もしここにヒロキがいたのならば,異世界に来てから騎士団駐屯所ばっか行ってんなと思うところだが,残念ながら今彼は戦闘中である。
彼女たちはドアを乱暴に開けると,そのまま中に駆け込んだ。
「私たちは戦線維持のために助けに来たものだ。怪しいと思うが,今はそれどころじゃないから,信用してくれると助かる」
「それでぇ,手短に今の状態を教えてくれるぅ? 騎士の陣形と相手戦力もわすれずにねぇ」
そして騎士が戸惑うなか,一人の騎士が前に出てきた。
「はい,ここからは騎士ルカルが説明させていただきます。数十分ほど前から始まった魔物との交戦についてですが,魔物の陣営は大きく分けて三つからなります。我々はそれらを左翼,右翼,本陣と分けています」
「それぞれの魔物の数は?」
「左翼がおよそ3000,右翼がおよそ2000。そして本陣は10000です」
「へー。それに対して騎士は?」
「はい,右翼が300,左翼が200,本陣が500です」
「そうねぇ,右翼左翼はいいとして,本陣がちょっと手薄なきがするのだけれどぉ」
「それは,本陣にはビル団長自らが出向いているのであまり軍は必要ないからです」
「そうか,では残りの副団長はそれぞれ右翼,左翼に?」
「はい」
「なるほどなるほど。で今の戦闘状況はどうなんだい」
「右翼,左翼は防ぎきっています。ですが本陣はあまりに数の差が多く,押されている状況です。これに対して町の医療施設はもう満杯です。正直に言うとかなり危ない状況です」
「そうか」
そういうとカウラは手を顎に当て,何やら考え始める。
「では,私たちは本陣に行くのがベストだな」
そういうと辺りを見渡す。周りの騎士たちは静かにうなずいた。
「よし,そうと決まれば・・・」
だが彼女はその言葉を最後まで言うことができなかった。なぜならーーー
―――なぜなら強大な魔力を感じていたからだ。
カウラの動きが止まる。
「ねえぇ,カウラァ。どうしたのぉ?」
咲は何も感じていないようだ。だがカウラは何も答えられない。
「ねえぇ,カウラってばぁ」
咲がせかす。すると
「咲,大変だ。今右翼と左翼に強大な魔力を持った,魔人が出現した」
と告げるのだった。
「ま,魔人?」
「そうだ」
だがこれに最も動揺したのはカウラたちではない。騎士たちだ。
「ま,魔人だと」
「なんてこった」
「おわりだ」
「俺,今から嫁にあってきてもいいかな」
一瞬で騎士団駐屯所は混乱した。まずいわぁ,と咲が思った瞬間,
「静まれ」
カウラが怒鳴る。その一声は騎士たちを正気にさせるのには十分だった。
「今お前たちが置かれている状況を考えろ。確かに怖いかも知れない。今日この街がなくなるかも知れない。だが,だがお前たちの団長は,団員は今も戦っているのだぞ」
「それをなんだ,やれ帰りたいだのなんだの。正直に言うと,私は魔人より先にお前らを殺したいくらいだわ」
そこまで言うとカウラは少し間を取る。そして少し口調を優しくして,
「それに,なぜ私たちが負ける前提なのだ。私たちは勝つ。勝ってこの街を守りぬく。なんとしてもだ」
「さあ,みんなでこの街を守ろうではないか」
ウォォォォォ。
あたりから歓声が聞こえてくる。どうやらカウラは騎士団を再起させることに成功したようだ。
だがいまこの街が,この国がピンチなのも事実。早急に対処せねば。それに今回の襲撃は魔人を退けて終わりなのか? どこかに違和感が残るな。
しかし,今このピンチをなんとかできるのは私たちだ。私たちが何としてもこの街を守り抜く。
カウラは決意を固める。そして歩み出す。
「さあ,出陣だ。咲,行くぞ」
「分かったわぁ」
こうして咲とカウラは戦場に出向いたのだった。
誤字報告ありがとうございます。すごく助かっています。




