65話 ボブさん
さて,状況を整理しよう。
今俺はハグされているな。
よし。俺は冷静だ。
て,なわけあるかよ。これどういう状況だよ。
俺は恐る恐るその女に話しかける。顏は鎧を着ているので見ることができない。
「あ,あの」
だが,そんな俺の頑張りは次の瞬間に無に返される。
「弘樹君だよね」
え? なんでこの女は俺の名まえを知っているんだ。まさか魔王の関係者か?
俺はスワっと構える。
「ああ,そうだが」
ここは警戒していて損はないだろう。
「よかった。やっと見つけたわぁ」
ん? こいつは何を言ってるんだ。
そしてその少女がゆっくりと顔をあげる。そしてついにかぶっていた兜が外された。
そして,俺は顔を見た。
そこには髪をショートで切った,美少女が立っていた。
え? まさか,まさか,その顔は・・・。
「・・・咲か?」
そう,その少女は俺が日本にいたとき,命がけで,いや命を落としてまで助けた少女,皆川咲だったのだ。
「うん。覚えていてくれたんだ。よかったぁ」
「ああ,忘れるわけないが。だが,なぜおまえはここにいるんだ」
「私? 私は単純に召喚されただけだよぉ」
召喚されただけって。相当大事なことじゃないか。
ん,待てよ。なんで連はこの世界に咲が召喚されていることを俺に教えなかったんだ。
「なあ,咲。お前は連に何か言わなかったか?」
俺がそういうと,咲はコテンと首を傾ける。
な。今までこいつのことそんな目で見たことなかったけど,可愛いな。
いや,まて俺。そんなことを考えるんじゃない。
俺は頭に浮かんだ変な考えを急いで捨てる。
さて,本題に集中しよう。
こいつの反応から見るに,連にはあってないようだな。
嘘をついているようにも見えないし。
「ねぇ,弘樹君。もしかしてこの世界に連君も召喚されてたりするのぉ?」
「ああ,そうだが。もしかして知らなかったのか」
「うん。私が知ってるのは私と何人かがこの世界に召喚されたくらいだからぁ」
「そうか」
どういうことだ。
もしかして,この世界にはいくつかの国が一斉に異世界人を召喚していたのか?
だとしたら,咲が連を知らない辻褄は合うが・・・。
その時,この場に氷のような声が響き渡る。
「ねえ,ヒロキ。その方はどなたかな?」
たった一文。それなのに俺は龍に睨まれたような,そんな感覚に陥った。
「か,カウラか。この人は・・・」
だが,その声を遮るように咲が話し始める。
「私は咲です。弘樹君のもとクラスメートです。そして絶賛弘樹君に惚れ中です。以後よろしくお願いします」
すごい,咲の語尾が普通になってる。いっつもは少し伸びてるのに。
って,違う。そこじゃないんだ。
「咲,俺に惚れてるって・・・?」
「その言葉の通りよぉ。私,まだまだ弘樹君のことが大好きだからぁ。私,諦めは悪い方だよ」
え?
まだ咲が俺のことを好き?
いやいやいや。嘘だろ。
そして俺が動揺していると,俺たちに話しかけてくる人がいた。
「あのぉ,いろいろと大変そうでありますが,一度ワタクシの別荘の方に移動されてはいかがかな」
それはすこし,いやかなりぽっちゃりした中年の男性だった。
それになんだから露骨に動揺しているようだった。
誰だよ。
「あの。どなたですか」
俺の問いかけに答えたのは意外にも咲だった。
「この人は私の雇い主よぉ。名前は確か・・・何だったかしらぁ」
「ボブですかな」
「ボブさんよ」
覚えなくていいんかい。
だが咲の雇い主の方か。なら信用できそうだな。ここは一度誘いに乗るか。
「わかりました。ではよろしくお願いします」
そう言って俺たちはボブさんの後についていった。
◇
ついたのは平民街のお屋敷の前。
おいおい,まじかよ。ボブさんって実はとてつもないお金持ちだったのか?これはぜひ仲良くなって置かないとな。
ボブさんは門を開け,中に入っていく。
最初に入るとそこには庭園が広がっていた。あからさまに豪華ではないが,それでいて気品さが感じられるいい庭園だ。
すこし歩くとお屋敷の前まで来た。
ボブさんはノックをする。
どうして入らないのだろう。もしかしてここはボブさんの家じゃないのか?
俺がそう思っているとドアが開いた。
そして中から出てきたのは・・・
なんとメイドさんだった。
「おかえりなさいませ,ご主人様」
「ただいま。今日はお客さんたちがいるから応接室に案内してくれるかな」
「かしこまりました」
そういってメイドはお辞儀をする。
「さ,弘樹君たち,このメイドについていってくれるかな」
俺は頷く。
そしてボブさんは行ってしまった。
「それではお客様,こちらです」
そういってメイドが歩き出す。
俺があっけに取られていると,
「ヒロキ,私たちもついていこうか」
とカウラに声をかけられた。
「カウラはこういうのに慣れているのか?」
俺が疑問に思ったので聞いてみる。
「私か? そうだな。騎士としていままでいろんなところに行ってきたからな」
すごいな。
「さあ,弘樹ぃ,行きましょう」
俺たちが案内されたのは大きな部屋だった。
真ん中には大きな机があり,その周りにはソファーがある。
どうやらここが応接室のようだ。
「座ってお待ちになってください」
俺たちは座った。
そして数分が経った。
「お待たせしたのかな」
ドアが開き。ボブさんがやってきた。
どうやらいまの間に着替えたようだ。
ボブさんは机をはさんで俺の正面に座る。
「さて,話し合いを始めようかな」
そういってボブさんは肘をついた。
だが俺は困惑している。
話し合いって,何を話せばいいんだ。
たとえるなら三者面談。なんとも言えない緊張が俺を襲った。
俺が何もできずにかたまっていると,
「それではまず,咲君と君の関係を教えてほしいのかな。見たところかなり親しかったかな」
う。
そうだった。俺この人の前でハグしちゃったんだった。
だがどこまで説明していいのだろうか。さすがに全部を話すわけにはいかないだろう。
うーん。
(弘樹,アドバイスをしてもいいですか)
わぁ,シーか。
(はい。弘樹に忘れ去られていたシーです)
すまんすまん。俺もいろんなことがあったんだよ。
(そうですね。カウラと変なことをしてみたり,知らない女とハグしてみたりと忙しかったですもんね)
うわ。
シー怒ってるよ。
(まあいいです。今までのことの弁明は後で聞くとして,ボブという男の件ですが,事情を話して仲間にしてしまえばいいと思います)
そうか。
わかった。シーがそういうならそうしてみよう。
「ボブさん。今から俺は俺のことを全て話します。ですが一つだけ約束してください。それは,誰にも話さないことです」
俺はくぎを刺す。
こんな口約束,破ろうと思えばすぐに破れてしまうが,ないよりはいいだろう。
それにもし破ったらそれまでだ。最悪口封じされても文句は言えないだろう。
ボブさんは無言でうなずく。
「それでは話します。俺に起きたことを」
そして俺は話した。
俺が転生したこと。そして今は冒険者をしていること。
一つだけ言わなかったことは,俺が魔物であることだけだ。シー曰く,それは最も重要なので,初対面の人には言わないほうがいいらしい。
すべてを聞いたボブさんは無言でうなずく。
「そうかね。すごく重い話だったかな。だけどまだある重要なことについて話してもらってないのかな」
まさか,俺が隠し事をしていることに気づいたか?
ボブさんは机をバンと叩く。
「それはーーー
――――なんで君が咲君とそんなに仲いいのか,かな」
はい?
(はい?)
「もとはと言えば咲君を拾ったのは私なのかな。もし私がいなかったら咲君は死んでいたのかな」
「はあ」
「つまり,咲君は私にほの字のはずなのかな」
「はあ」
「それがなんで新参者の君に惚れているのかな!?」
おそらくここでみんなこう思っただろう。
うわー。と。
「それでしたら私から説明するわぁ」
俺が困っていると咲が立ち上がる。
「それは,弘樹の方がイケメンでかっこいいからよぉ」
その瞬間,ボブさんが凍る。
実際には凍っていないのだが,その場にいたみんなに凍ったように見えた。
「私が,ただのイケメンに負けた,かな」
「違うわぁ。ハイスペックイケメンに,よ」
「なっ」
(今,とどめを刺しましたね)
「というわけで,大好きよ,弘樹」
「ああ,ああ。ありがとう」
「それじゃあ,次は弘樹のことについて聞くわぁ」
俺のことか?
さっき話したことじゃなくて?
そうか,なんでギルドから出てきたのかはまだ言ってなかったな。
俺はガルドさんの件を説明する。
「そう。それは大変ね。でも私が聞きたいのはそのことじゃないわ。そこにいる女のことよぉ」
??
もしかしてカウラのことか?
俺はカウラとのことも説明した。
意外と説明してなかったことあったな,俺。
「そう。ライバルってことねぇ」
「え? 話聞いてた? カウラは騎士として俺の監視のためについてきているだけなんだが」
「そうかしらぁ。まあいいわ」
(弘樹,私の自己紹介してきていいですか?)
そうだな。それも必要だ。
その瞬間,あたりが光に包まれる。
そしてシーが登場した。
「こんにちは。シーです。いっつもは弘樹の中にいます」
「なに? 新しいキャラだと?」
「弘樹,どういうことかしらぁ」
「えっと,これは・・・」
説明するのにしばらくかかったという。
◇
「そう。わかったわ」
「なるほど。そうだったのか」
ふう,ようやく納得してくれたな。
よかったよかった。
一時はどうなることかと思ったぞ。
「さて,話も済んだことだし,俺は帰ろうかな」
「そうだな」
「そうだ,弘樹。これをあげるわぁ」
そういって咲は俺に一枚の紙を渡す。
なんだこれは?
その紙には複雑な模様が書いてあった。
「それはギルド総括マスターの面会書よ。明日の正午から一時間会えるわぁ」
「そっかー。って,えええええ。それって大事な物じゃないのか?」
「もういらないものだものぉ」
「そ,そうか。じゃあありがたくもらっていくぞ」
こうして俺は面会書を手に入れた。
だがこの時の俺はまだこの後に起こることを一ミリも分かっていなかったのである。