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1.

 彼女は『宇宙人』だ。

 それは人でないという意味ではない。


 勉学に優れ、運動に優れ、見た目も麗しく、それを鼻にかけるようなこともしない純真無垢なところが浮世離れしていて、まるで宇宙人のようだという意味だ。


 彼女は高校一年の五月という中途半端な時期に転校してきたにも関わらず、勉強や運動はもちろん、その容姿と純真さを買われ、近隣の高校との遊び(名目はそうだが実態は合コン)にも駆り出され、頼りにされていた。

 だけどそれは事務的で、どこか距離があって、およそ半年が経った今でも親しい友達と言える人がいるかは、側から見ていても微妙だった。


 なにしろ、彼女には『宇宙人』と呼ばれる決定的な理由がある。それは皆と打ち解けることができない原因でもあった。

「ねえ、宇宙人さん。今週末なんだけどさ、暇だったりする?」


 四限が終わり、喧騒を取り戻していく教室。お腹の虫がご飯をねだって鳴いた時に気の強そうなクラスメイトが私の前に座る宇宙人へ声をかけていた。週末の誘い。それは休み時間に度々ある光景のひとつだった。

 彼女がクラスメイトの方を向き、口が開く。そこから、


「*+:°2〆=_tnatn×4|<:9-+」

音が、出た。


 彼女の話す言葉は『宇宙語』だ。

 それは普通の人には理解できない、地球上に存在していない言語だ。

 けれども、書く言葉は宇宙語でないし、ほかの人の言葉を聞いて理解しているのだからおかしな話だった。


 そして、おかしなことは意外とそこかしこに溢れているものだったりする。それは私にとっての目下の悩みで、憂鬱の種だった。

 宇宙人が話しかけられた瞬間、私はそうなることを確信していた。

「ねえ、翻訳家ちゃん。お願い」

 クラスメイトの視線は宇宙人に話しかけたうちから、すぐ私の方へ向けられる。懇願する目に対して、私は、


「……。家族と予定があるんだって」

 投げやりに『訳した』。


「そうなんだー じゃ、また今度かな」

 クラスメイトは特別執着することもなく、あっさりと言う。

 続けて「この前はありがとねー! それじゃ」と、宇宙人に向けお礼を言い、背を向けた。けれどすぐ、またこちらを見て、

「翻訳家ちゃんもね!」

 いつものように取ってつけたような礼を言い、今度こそ去っていった。

 

 私は『翻訳家』だ。

 正確に言えば、彼女が転校してきてすぐ、そうなった。

 私は彼女の話す『宇宙語』を、この世界で唯一聞き取ることができるようだった。

 翻訳家としての役割は宇宙人の評判と同じく瞬く間に広まり、浸透してき、先週もクラスメイトからの誘いに乗った宇宙人に、私はついていき、訳していた。そういうことは頻繁にあった。

  

「[@/]-26;/];5」

 私に向かい、宇宙人はいつもと変わらずそう、言ってきた。混じりっけなく綺麗で純真な笑顔だった。

「ねえ、宇宙人さん」

 私はそれに、あえて返すことはしない。

「?」

 唐突な私の切り返しに、彼女はちょこんと首を傾げる。

「ちょっと着いて来て」

 そう言い、宇宙人の返事も聞かないうちに手を引っ張り、教室を出た。


 階段を上がる。いつもより強い足音が壁に反射して私を勢いづかせる。信用しきっているのか、彼女は無抵抗でされるがままだった。

 屋上のドアを開けてすぐ、掴んでいた手を離した。 

「×34^」

 彼女は綺麗な声で「きゃっ」と悲鳴をあげ、よろめいた。

 秋の夕暮れのなか、街路樹からひぐらしの鳴き声が聞こえる。外に出ると長袖のワイシャツ一枚では、少し肌寒いと感じる。勢いが冷めないうちに宇宙人に背を向けたまま話を切り出した。


「あのさ」

 声が震えて出ていく。

 一瞬強い木枯らしが吹き、髪を散らかし、スカートが揺らめく。開けたままだった扉がバタンと音を立て閉まった。

 風が過ぎ去ったあとに、一呼吸して、私は言い放った。

「『翻訳家』をやめたいんだ」 

 それは、一瞬の静寂の前触れで、時間が止まったようにすら感じた。


「[@/]-26;/];5」

 少しの間が空いて、聞こえてきた音に私はびっくりした。

「どうして?」

 私はそれに苛立った。

「vb_yj々2<4々¥:んこuatbg……」

 感謝される意味が分からなかったから。

「<4・vgbg#gy_p(a(eigfg」

 もう、怖くてたまらなかったから。

「々+:38yajg_avej」

 訳すのは疲れた。一人になりたい。そんな自分勝手な理由だから……。

「v_ng(j|:21〆<・205」


「やめてっ!!」

 振り返り、叫ぶ。唐突な感情の発露に宇宙人の肩がびくつく。綺麗な顔は驚きに染まっていた。

 自分の声ではないみたいだった。


 だから私の頭はついていかない。気持ちが先走りして出ていってしまう。

「ほんと、なんなの! いつもいつもありがとうってさ! 私がどんな気持ちでいたか知らないで!」

 感情は勢いのまま、言葉となって宇宙人に向かっていく。

「どうせ伝えても意味がないのに、なんで話そうとするの!」

 思ってもいないことまで出ていき、本心を隠してしまう。

「……」

 宇宙人は、黙ってそれを耐え忍び、聞いていた。瞳がうっすら滲んでいる。


 私はつい、うっかりしていた。考えが及ばなかった。宇宙人は「va,@ ……」と、口を開き、手を伸ばしてくる。

「近づかないでっ!!」


 言った瞬間、ハッとした。光景がフラッシュバックしてくる。


 ──「近寄るな! きもいんだよ!」「やべっ。触られたから、消毒しなくちゃ」「なんで学校来てるの?」心無い、鋭い言葉たち。──


 私の強い叫びが宇宙人に刺さった。そう感じた時には遅かった。


「gj(j)v_@(aznsm(jy……!」 

 宇宙人は一言、なにかを言ったあと、堪えきれず泣き出し、屋上を出て行った。

 反射的に引き止めようとした右手は空を切り、降ろすしかなくなる。


 言葉は、時に凶器となる。

 そのことを、すっかり忘れていた。

「はぁ……」

 ため息が風に乗って消えていった。

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