ep.93「ひとまずの平和」
地球に帰った直後、俺は即座に手術室に運ばれた。
全身の火傷は綺麗さっぱり消えていたものの、内臓がほとんどグシャグシャになっていたのはどうにもなっていなかったようだ。
自分では全く気づかなかったが、三日間眠り続けて生死の境を彷徨っていたらしい。
そして――
「オーロさん……」
持ってきた酒を、墓に優しくかける。
オーロさんは水樹さんほどではないとはいえ、酒が大好きだった。あの世で喜んでいてくれればいいのだが……
そう思いながら、ポケットの中に入れていた煙草の箱を取り出す。
「この煙草、貰っておきます。煙草は苦手であまり吸いませんけど……」
オーロさんの墓は、侵略隊に一番近い岬に建てた。
自分の素性を誰にも明かしていなかったので、引き取り手がわからなかったのだ。
墓の前にあぐらをかいて座り、煙草を一本口に咥える。
「火、いるか?」
後ろから、ライターを持った手が伸びてくる。
振り返ると、ヴォランさんがそこに立っていた。
同じように横にあぐらをかき、ライターを渡される。
「ありがとうございます」
「煙草はよく吸うのか?」
「いえ、全く……」
煙草に火を灯し、煙で肺の中を埋め、口から吐き出す。
全体的に優しくて、マイルドな味だ。それでいてどこか強さがあるというか……まるで、オーロさんの性格を表したかのような煙草だ。
「今回の戦死者は、オーロだけだそうだ」
「そうですか……。それは、よかったです」
何故オーロさんだけが、という気持ちが芽生えるが、ぐっと押さえ込む。
それは、絶対にしてはいけない考えだ。他の人たちが死ねばよかった、と言っているようなものなのだから。
「もし、だ。オーロが生き返るかもしれない、なんて話があったらどうする?」
「……」
ヴォランさんが、静かに、それでいて真面目な口調で話す。
死者が生き返るなんてありえない。それこそ、ファンタジーの世界の話だ。
この問いかけをくだらないと一蹴するのは簡単だが、そんな答えを求めている雰囲気ではない。
「……オーロさんは俺の事を投げたとき、笑っていました。死ぬとわかっていながらです。自分の人生に、もう悔いがなかったんだと思います。だから……」
「……なるほど」
煙を肺一杯に吸うが、吸い込みすぎてむせてしまう。
ゲホゴホと咳をしながら、口に手を当てる。
やっぱり、煙草は苦手だ。
「永宮、君は強い。私なんかより、とても」
ヴォランさんが立ち上がる。
夕日に背を向けて、足音を鳴らしながら歩いていく。
「あの時、君のような強さが私にあれば……また違った世界があったのかもしれない」
呟いたその言葉が、やけに耳についた。
……深く考えるのはよそう。
オーロさんが使っていた携帯灰皿に煙草を押し付け、俺も立ち上がった。
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