ep.90「破裂」
右足で地面を強く踏み、フラムに向かって駆ける。
「……はっはっは! てめぇ、さっきは驚いたが何も変わってな――グッ!」
剣を受け止めようと伸ばしてくるフラムの手を、腰の鞘で弾き飛ばす。
右手に持った剣で、太ももを横に斬り払った。
しかし、身にまとう溶岩に何か硬いものを着込んでいるのか、肉を斬った感触はない。無機質な硬い音が響いただけだった。
「一度ならず二度までも俺を脅かしやがって……!」
さっき、地面に手を付けたときから異様に視界がクリアになった。
速く脈打つ心臓の音だけが頭の中に響き、耳から入ってくるフラムの声は、まるで別世界の出来事のようだ。
体の中に流れる血液の一滴まで理解でき、自分の体が完全に使いこなせるような不思議な感覚になる。
「それでも、お前を倒すのは無理そうだ。やっぱり、そう都合のいい進化はないな」
「あぁ? てめぇ、一人で何言ってやがる」
右足を前に出し、上体を前傾させる。
四肢に心臓が血液を送り出し、指の先まで血が満ちる。
今までに出したことのないスピードでフラムに近づく。
右手を上にあげ、脳天に向かって振り下ろした。
「グッ!」
両腕を交差され、受け止められる。
すぐに剣を引っ込め、両腕を上げて無防備になっている腹部に剣を叩き込む。
やはり、何か硬いものに阻まれてダメージが入っていない。
「無駄だってまだわかんねーのかてめぇ!」
咄嗟に後ろに飛びのき、フラムの蹴りを避ける。
剣の先端をフラムの心臓に向けて構え、肺の中の空気を全て吐く。
ヴォランさんに教わった、物体を貫通する武術の基礎的な呼吸法だ。
息をゆっくりと吸いながら、フラムの心臓に目掛けて剣を解き放つ。
限界まで引っ張ったゴムを離したように、恐ろしい速度で剣が真正面に向かって進む。
「てめ――ガハッ!」
フラムの硬い鎧を貫き、心臓に衝撃を伝える。
一度、グラリと体を揺らしたが、自分の胸を右手で強く叩いた。
「危ねぇ……てめぇ、心臓を止めやがったな?! クソが、すぐに殺して――」
「いいや、フラム。お前はもう終わりだ」
俺の言葉にとぼけた表情を浮かべたフラムが、背後から近づいていたポルトロンさんに頭を優しく叩かれる。
ポルトロンさんは軽く手を払いながら、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「永宮君、よくやったな」
「てめぇ! 俺の頭を触って何を!」
そう叫ぶフラムが、すぐに心臓を押さえてうずくまる。
剣を鞘に納め、ポルトロンさんに問いかける。
「あれは、どうなってるんですか?」
「私の武器の効果は、逃がすことだ。もっと正確に言えば、物体の進む方向を操作する、だな」
フラムが心臓を押さえながら、うめき声をあげる。
苦しそうに体を暴れさせ、地面をめちゃくちゃに叩く。
「奴の動脈と静脈に流れる血の向きを弄った。心臓に集まるように設定した血液は、向きを変えることなく収束し……」
フラムが仰向けになる。
胸の辺りがありえないほど大きく膨らんでいて、仰向けになってからもさらに大きくなっていく。
「破裂する」
空気を満杯につめたゴム風船が破裂するような音が響き、フラムの胸から噴水の如く血が噴き出す。
身に纏っていたマグマが地面に流れ出し、あばらがむき出しになった死体が現れる。
「……終わったな」
「ええ」
頭を覆っていた全能感が消え、体に倦怠感が戻る。
足の力が抜けてその場に座り込んでしまい、尻が地面のせいで火傷してしまう。
「あつ、熱い! 助けてポルトロンさん!」
「……」
ポルトロンさんが差し出してきた手を掴み、立ち上がる。
肩を借りながら立ち上がると、マグマの湖の向こうから誰かが飛んできた。
「おーい! 大丈夫かーい!?」
ガリガリの体躯に、少しだけ服を焦がした、パズルさんが手を振りながらこっちに向かってきた。
あの人、元気そうだな。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。