ep.??「オーロ・カレンシー」
俺は、優柔不断な男だった。
何をするにもそうだ。学生のときも、社会人になってからも、結婚のことさえも。
「す、好きです! 付き合ってください!」
一つ下の彼女は、こんな俺のことを好きになってくれた。
きっぱりと断ることも、何も言えなかった俺は、自分の意見を口に出来ないまま彼女と付き合い始めた。
付き合ってみてからわかったことだが、彼女は決断力が強く、他人を率先するタイプだった。
何事も決められない俺との相性は、抜群だった。
「そろそろ、結婚しない?」
「……そうだな。いや、しかし……」
「結婚するよ。決まりね」
結婚も、こんな感じで彼女が決めた。
俺は何も言わなかった。言えなかった。
年月が過ぎ、一人の息子が生まれた。
彼女の遺伝子を色濃く継いだのか、思い切りがよく、俺のように迷うことは全くなかった。
「父さん、そこはこうした方がいいんだね~」
少し、特徴的な話し方をしていたが。これは誰から受け継いだのか、本当にわからない。
息子が成長する中、再び嫁が子どもを生んだ。
男の子と女の子の、いわゆる双子だ。息子は、自分が長男になった自覚を持ち、精神的にも肉体的にも成長していった。
成長を重ねるごとに、俺は息子に嫉妬を感じた。おかしな話だ。自分の息子に嫉妬するなんて。
自分でも、何に対しての嫉妬なのかわからなかった。
あくる日の朝。
長男が、妹と弟を連れて出かけたいと言った。
近場でもあったし、長男は既に中学生。
相談された俺は、嫁に相談せずに問題ないと判断し、許可を出した。
「父さん、ありがとうなんだね~」
「お前のその話し方、直さないのか?」
「直すも何も、これが俺の話し方なんだね~」
そう会話したあと、長男は出かけた。
……翌日、近場で事故が起きた。
交差点で、居眠り運転をしていたトラックに轢かれて即死だったようだ。
自分の決断を悔いた。それと共に、嫉妬の理由がわかった。
長男が決めたことは、常に正しかったのだ。
俺は、自分の決めたことが間違っているのを恐れていたんだ。
「あなたが! あなたが行ってもいいなんて言うから!」
嫁が泣きながら体を叩いてくるが、反撃する気力もない。
彼女とは離婚した。実家に帰ると言い、目の周りを赤く腫らしながら家から出て行った。
外は土砂降りの雨だが、彼女は傘も持たずに走り去っていった。
結婚して長男が生まれてから吸っていなかった煙草に、火を灯す。
すっかり静かになった家の中で、煙を口から吐き出した。
煙草を吸いながら、長男がかつて自室にしていた部屋に入る。
「ん……」
引き出しの奥深くに隠されるように置かれていた、一枚のノートを見つける。
長男の日記のようだ。随分と昔から、綺麗な文字で丁寧に書かれている。
水族館に行ったことや動物園に行ったこと、泥だらけになって遊んだこと、様々なことが書かれている。
何より目に付いたのは、ノートの一番最初に書いていた文字だ。
『いつも、正しい決断はできない。ただ、自分の中であらゆる可能性を考え、最善の選択を出すだけだ。』
少し笑ってしまうような、臭い台詞が書かれていた。
日記には、その日自分がした決断がどうだったかも書いていた。盛大に選択を間違ったことや、最善の策を奇跡的に選べたことなど、一日ずつだ。
長男は、嫁の性格を色濃く継いでいたのではない。むしろ、俺の性格を継いでいたのだ。
考え方は俺とは正反対で、常に最善の選択を出そうとした。
間違えた選択を出すことを恐れた俺とは、全く違った。
「……自分の息子ながら、さすが、……なんだね~」
口から、そんな台詞が漏れる。
俺には、最善の選択を考えて出すということはまだ出来ない。
ならば、例え他人から奇人と思われようとも、息子である長男のことを真似しよう。
ノートの最後には、『父さんとしたいことリスト』という物があった。
リストの終わりには、小さくだが、『煙草を一緒に吸ってみたい』と記されていた。
ずっと真似していれば、いつか最善の選択を出せるはずだから。
次は、大切な決断も間違えないようになるから。
もう、自分の選択で他人は死なせない。
煙草の煙と共に涙を流しながら、窓の外を眺めた。
降っていた雨は、止んだようだ。綺麗な虹が、窓の外に大きくかかっている。
「父さんは、もう大丈夫だから。お前は、妹と弟を見ていてくれるか~い……?」
ノートを、引き出しの奥深くにそっと戻した。
やるべきことを終えたら、すぐそっちに行くよ。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。