ep.76「故郷」
丘の下は、見渡す限りの荒野が広がっていた。
どこまでも赤い地面が続いているだけで、見ていて面白いものは何もない。
ルマルがラーメンを食べ終え、どんぶりの上に音を立てながら箸を置いた。
「侵略隊は、ここには何も用事はないはずだが……」
膨れた腹をさすりながら、静かな声でそう言った。
割り箸を受け取り、二つに割ってからラーメンをすすりはじめる。
見た目からはわからなかったが、どうやらこれはとんこつラーメンのようだ。濃厚なスープが麺とよく絡まっていて、脂っこさはあまり感じない。端的に言うと美味い。
「恒星が爆発するのに用事があったから……これ美味しい」
「モルテ恒星に用事? あと、それは私の手作りだ。ありがとう」
ルマルが空を見上げながら、一つの光り輝く恒星を指差した。
というか、さっき恒星が爆発したばかりなのに、なんであるんだ。二つもなかったはずだ。
麺をすすりながら空を見上げていると、ルマルが慣れた口調で話し始めた。
「モルテ恒星は、別名死の恒星。爆発を起こすサイクルが異常に速く、散らばったガスがすぐに集まり、即座に新たな恒星を生み出す不思議な性質を持っている」
散らばったガス云々と言われても、宇宙科学は少しかじった程度なのであまり理解できない。
メンマを食べながら小首をかしげていると、ルマルが少しだけ笑みを漏らした。
「ふふっ。いやすまない、その仕草が余りにも妹と似ていたものでね」
「妹?」
「ああ。といっても、私が小さい頃に姿を消してしまったんだ。妹は小難しい話をすると、決まって小首をかしげたものだ。モルテ恒星のことも、何十回も説明してやっと理解できたほどだからな」
ルマルが懐かしそうな表情を浮かべながら、静かな声色で話した。
チャーシューを口にほお張り、ゆっくりと味をかみ締めるように食べる。
スープと一緒に喉の奥に流し込み、暖かい吐息を吐いた。
「それにしても、ヒュイド族の族長と話してるなんて、なんだか恐ろしいな……」
ラーメンを食べきった後に、そんな考えが浮かんでくる。
冷静に思い出してみれば、一度こいつに全身の骨を砕かれて殺されかけたことがあるのだ。
背筋にゾワッと寒気が走った。
「ふふっ。今はヒュイド族ではあるが、族長じゃない。その証拠に、族長の証である首飾りをつけていないだろう?」
ルマルが首元を見せてくる。
確かに、今まで会ったときは絶対つけていたドクロの首飾りをかけていない。しかし、それをつけていようがつけていまいが恐怖心は変わらない。
「確かに、私は侵略隊を恨んではいるさ。ここで静かに暮らしていた私達、ヒュイド族をいきなり攻めてきたんだから」
ルマルが襟を整え、立ち上がる。
丘の下に広がる赤い荒野を見回しながら、大きく両手を広げた。
「かつてこの星には、地球にも劣らないほどの美しい景色が広がっていたんだ。私と妹は、よくここからの景色を見に来ていた。こっそりと夜に家を抜け出して、夜空を眺めに来ることもあったんだ」
ルマルが言うような美しい景色は、この星には微塵も残っていない。
少し申し訳ない気分になりながら、ルマルに話しかける。
「その美しい景色は、侵略隊が全て壊してしまったのか?」
「いや。ヒュイド族は攻めたてられたあと、全員心が荒んでしまったんだ。私達にとって初めて攻撃された経験だったからね」
悲しそうな表情をしたあと、再び座りなおす。
涙を目ににじませながら、思い出すようにポツポツと話す。
「父さん……そのときの族長が、心を特に痛めたんだ。寝たきりだった母さんが殺され、乱心とも言えるほど暴れ狂った。その結果が、今のこの星のありさまなんだ」
ルマルが、ポケットから懐中時計を取り出す。
蓋を開けた中には、ひび割れて止まってしまった時計の針と、色あせてはしまっているが、綺麗な緑色の髪を生やした四人家族の写真があった。
「……すみません」
「謝らなくてもいいんだ。遅かれ早かれ、私達の星は攻撃されていた。それがたまたま、地球だったということさ」
懐中時計の蓋を閉め、ポケットの中にしまうルマル。
ゆっくりと立ち上がり、緑色の髪を手ぐしで整える。
「私はそろそろ行くよ。そもそも、恒星の爆発で異常が起きないか見にきただけだしね」
「このどんぶりはどうすれば?」
「すまない。私はすぐ行かなければならないから、そのどんぶりは持って帰ってくれ。好きに使ってくれて構わない」
それだけ言うと、ルマルは姿を消した。
いや、正確には恐ろしい速度で地平線の向こうまで走り去っていった。
ルマルが消えていった方向を眺めていると、上空から宇宙船が音を立てながらゆっくりと降下してきた。
「永宮!」
リティさんが宇宙船から飛び降りてきて、目の前でグチャグチャに潰れる。
しかし、すぐに体の形を元に戻し頭を下げた。
「すまない! 私が調子に乗って速度を上げたばっかりに」
「いや、無事だったからもういいですよ。今度からはくれぐれも気をつけてください」
どんぶりを拾い上げ、リティさんに釘を刺す。
あの恐ろしいヒュイド族の族長のあんな姿は想像すらしなかったが、話してみただけではとても悪者には見えない。
手作りだというラーメンの味を思い出しながら、どんぶりをしっかりと握った。
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