ep.67「氷」
「永宮。永宮!」
頬を誰かに何度も叩かれる。
目を擦りながら上体を起こし、あたりを見回した。
凍りついた木に草に地面。一つ変なことがあるとすれば、穴が大量に空いた木がすぐそばに生えていることだろうか。
「意識はしっかりしてるヒン?!」
馬のマスクを被った、プフェーアトさんが肩を揺すってくる。
その隣には、救急箱を持った水樹さんも立っていた。
「一応応急処置はしたけど、無理ね。その氷が溶ければ死ぬわ」
水樹さんが腹の辺りを指差しながら言った。
右腕は千切れているし、首も半分削れている。左太ももも包帯できつく固定され、腹部にいたっては背骨が残っているのが奇跡なほど抉れていた。
「氷が溶ければ、死ぬ……」
右の肩の凍った部分を触る。
手の温度で少しだけ溶けてしまった水には、濃い色をした血が混ざっていた。
「水樹さんが来たってことは、班長達もどこかに?」
「いないわ。この冷気が島を囲むように氷の壁を作ったのよ。私は上手いこと滑り込めたけど、班長が来るのはもっと先ね」
水樹さんが白い息を吐きながらそう言った。
救急箱から包帯と添え木を取り出し、プフェーアトさんの肘の処置を始める。
いつもそうだが、本当に手際がいい。一分も経たぬうちに、応急処置が終わった。
「水樹、ありがとうヒン」
「どういたしまして。で、今回の作戦の製造ラインとやらはこの先なの?」
水樹さんが森の奥を指差した。
コクリと頷くと、救急箱を地面に置いてすぐに歩き出した。
「いやいや水樹さん! ヒュイド族がいるんですって!」
「そんなことわかってるわ。幸い、こっちには怪我人だらけだけど三人もいる。会ったら、即座に殺すしかないわね」
水樹さんが黒い円盤を右手に持ちながら、森の奥へ進んでいく。
救急箱の中から包帯を取り出し、残った左腕と剣を無理やり縛り付けた、
プフェーアトさんの肩を借りながらゆっくりと水樹さんを追いかける。
水樹さんがときどきしゃがみ、地面の土を触りながら進む。
しばらく歩いたころに見えてきたのは、灰色の巨大な建造物だった。
森の中に潜むように建っているそれの入り口に水樹さんが近づく。
中指で何回か扉を叩いてから、こちらに振り返った。
「プフェーアト、壊して」
水樹さんがポケットから鉄製のやじりを取り出し、プフェーアトさんに投げる。
「わかったヒン。永宮、少し降ろすヒン」
地面にゆっくりと降ろされてから、プフェーアトさんが木の筒を取り出す。
やじりを木の筒の先に着け、地面に突き刺した。
右腕を上下に素早く振った瞬間、扉が細切れになって崩れた。
「行くわよ。永宮クンは特に警戒して頂戴。ただの暖房でも命に関わるからね」
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。




