ep.60「あの子」
「英史、何読んでるんだ?」
第三チームの片隅で、英史が読んでいる本を覗いた。
水着の女性の写真が大量に載った、グラビア写真集だ。雑誌の横に、いくつか付箋が貼られている。
「グラビア写真集って……」
「何を勘違いしているのか知らないが、僕はあの子を探しているだけだ。邪な気持ちはない」
じゃあ、この付箋はいわば殺人予告ってことなのか……。怖すぎる。
「英史、よくあの子っていうが、一体何のことなんだ?」
あぐらをかきながらそう言うと、英史は本を閉じ、机の上に置いた。
そして、学生服の胸ポケットから、一枚の笑顔が魅力的な可愛い少女の写真を出した。
「僕の幼馴染だ。綺麗な笑顔だろう」
「そうだな、確かに綺麗だ」
写真を大事そうに折りたたみ、再び胸ポケットに入れる。
「彼女は死んだ。自殺だ」
感情が全く篭っていない、静かな声でそう言った。
それからも、ポツポツと静かに語り始める。
「……彼女とは保育園からの付き合いで、初恋だった。そのころの僕は、内気で根暗で、彼女に好きだと伝えることすらできない臆病者だった」
声に感情は乗っていないが、表情にかすかに後悔の念が映る。
「高校生のころだ。彼女は好きな人ができた、告白してくると、眩しいぐらいの笑顔で僕に言った。相手は黒髪の、マジメな優等生だ。僕はそのときもまだ彼女が好きだったが、引き止めることも出来ず、ただ頑張ってねと、無責任な言葉をかけた」
英史が言葉のところどころで詰まりながら話す。
「翌日、僕は彼女のところに言って問いかけた。成功はしたのか、と。失敗していてくれ、と心の中で願っていたが、彼女からの返事は信じられないものだった」
大きく息を吸い、一気に吐く。それを何度も繰り返し、感情を落ち着かせている。
「告白した相手は、高校の不良集団とつるんでいて、大人数で乱暴されたらしい。何度も、何度もだ。写真も撮られて、どうしようもないと、彼女は泣きながらそう話した。僕は……僕は……!」
英史が涙ぐみ始める。
なんともいえない気持ちのまま、そっとハンカチを手渡した。
軽く礼を言い、涙を拭った英史は話し始めた。
「その日の午後、彼女は首を吊って自殺した。……これが、知りたがっていたあの子だ」
話し終わると、英史は部屋から出て行ってしまった。
追うことはしなかった。
ただ、英史の過去の一番深い部分に触れた気がして。
表現できないいくつもの感情が頭の中をシェイクするのを、必死に堪えた。
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