ep.56「討伐」
「グギルルルル……」
竜が口の端から溶岩を垂らす。
額に流れた汗か血かわからない液体を拭い、竜に向かって走り出す。
竜の頭を右足で蹴り飛ばす。
しかし、少しだけ頭の向きを変えただけで、すぐに体勢を立て直された。
青い双眸でこちらをしっかりと捉え、口を開ける。
「ギャォォォオオオオォォオオオ!」
竜が咆哮をあげた。咄嗟に両手で耳を押さえるが、それすらも貫通するほどの大声だ。
プチン、という何かが切れたような音と共に、竜の咆哮が聞こえなくなる。そして、両耳に鈍い痛みが走る。
困惑した一瞬を狙われたようだ。上半身を支えている両前足を使い、両側から体を押さえつけてくる。
体勢を崩し地面に転がるが、捕まえたことを確認して嬉しそうに笑う竜。舌で何度も頭を舐めてから、再び大きく口を開ける。
体全体を動かして必死に抜けようとするが、ビクともしない。
このままでは、竜に頭から齧られてお陀仏だ。先ほどのように、この状況を脱出できる記憶を思い出さなければいけない。
「そうだ!」
足だけを必死にモゾモゾと動かし、腰の辺りまで曲げる。
バネのように、溜めていた力を勢いよく放つ。一度、ロジーが使っていた動きだ。
竜の手から逃れることは出来たが、今度は口の中に勢いよく入ってしまった。
喉の奥から溶岩が迫ってくるのが見える。
あまりの暑さに全身から一気に汗が流れ始める。
近くに生えているひときわ大きな歯をつかみ、思い切り上に引き上げる。
神経が切れる音と共に、竜が暴れている振動が口の中まで伝わってくる。さすがに、歯を引っこ抜かれるのは痛いようだ。
引き抜いた歯を舌に突き刺し、痛みのあまり口を開けたところを狙って脱出した。
口を押さえてもだえている竜の姿を後ろ目に、穴の壁をよじ登り始める。
しばらく登ったところで、下の様子を見た。
竜は先ほどよりも殺意を込めた目でこちらを睨んでいる。
背中に生えた羽を動かし、強風をこちらに吹かせ始める。
壁があまりの強風にどんどん崩れ始める。恐らく、この風で自分の近くに引きずり落とすつもりなのだろう。
「こっちから行ってやる!」
右足で壁を勢いよく蹴り、空中に身を投げ出す。
狙うは竜の頭。脳をヴォランさんの武術で攻撃するしかない。
竜の右足が横から迫ってくるのを、間一髪で避ける。
左足も、左のわき腹を少し抉られてしまったが、何とか避けることができた。
空中ではあるが、左手を上に動かし構えを作る。右の拳を横で作り、竜の脳天を見据える。
足を二つとも避けたことで気が緩んでしまったのだろうか、それとも単に構えに集中していたのか。
背後から迫る尻尾に気づいたのは、僅か数センチの時点でだった。
右肩に尻尾の先が刺さる。
刺さったあとも更に尻尾は進み続ける。
構えを解き、左手で肩から尻尾を抜き、思い切り蹴り飛ばす。
落ちる速度は削がれなかったが、右腕はもはや皮一枚で繋がっている状態だ。
脳を必死に働かせる。
そもそも、俺の主な戦い方は徒手空拳じゃない。手に何かを持って、斬ったり殴りつけるのが本来の戦い方だ。
たとえ腕が一本千切れようが、それを武器にして戦うのを見たことがあるじゃないか。
左手で右手首を掴み、肩から思い切り引きちぎる。
アドレナリンが滝の様に出ているのが自分でもわかる。
グルグルと回転し、勢いをつける。
成功するかわからないが、これで無理だったらどうしようもない。肺の空気を全て追い出し、再び満杯になるまで迎え入れる。
左手の肩と肘をムチの如くしならせながら、竜の頭を思い切り叩く。
瞬間、まるで通り抜けたかのような感覚が左手に伝わる。
右腕が竜の頭をすり抜け、脳に当たり―――
糸が切れた操り人形のように、竜が崩れ落ちる。
こちらも、着地すらまともにできず、両足の骨が砕ける音が体に響く。
意識が再びまどろみ始めた瞬間、誰かに体を持ち上げられる。
閉じかけた目を必死に開き、姿を確認する。
金髪の髪に腰に下げた剣……恐らく班長だろう。
帰ったら恨み言を言ってやろうと心の中で思いながら、安心した表情で意識を手放した。
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