ep.49「紫色の猛毒」
「殺さないようにすませたいが……」
「殺してしまう心配よりも、殺される心配だろう?」
英史がアユーダに向かって走る。
左手の鉈を投げ、スライディングしながら右手の鉈で足を斬る。
が、どちらの鉈もアユーダの体に触れた瞬間ドロドロと溶けてしまった。
「体に触れた瞬間溶けるか……おっと!」
アユーダが紫の液体を全身から広範囲に撒き散らし始める。
こちらも左手の剣を体の後ろに回し、空中に飛んで避ける。
英史のほうも、新しい鉈を出して液体を弾きながら避けているようだ。
「総帥……総帥……」
うわ言のように総帥と言うアユーダ。
左足で地面に着地し、右の靴の底で思い切り顔面を蹴る。
しかし、これもダメージを与えるどころか、逆にこっちの靴底が溶けてしまった。
「うわわわ! 靴が溶けちまう!」
「アホかお前。僕の鉈も溶けるのに、そんな靴が溶けないわけないだろう」
英史からツッコミを受けながら、右の靴を脱ぎ捨てる。
アユーダがゆっくりとこちらを睨みながら近づいてきた。
体から出る液体の量はさらに増し、足元に水溜りを作っている。
「逃げるっていう手は……」
「ないな。あの頭はあの子かもしれないし、そもそも逃げ切れん」
頭が真っ先に理由に来るのは、こいつらしいかもしれない。
アユーダがゆっくりと歩いてくるのを警戒しながら見ていた。が、ふと姿が消えた。
それは奇跡にも近い避け方だった。
耳のすぐ横で、グジュグジュという音が聞こえたのだ。
脳が判断するより先に、体が反応する。
咄嗟にしゃがみ、英史に足払いをかけて転ばせた。
ズバァン! という空気を切った轟音と共に、紫の液体に包まれたアユーダの足が頭上を通る。
重量にしたがって落ちてくる液体を、右の腕で受けてしまった。
腕に熱湯をかけられたような熱さを感じ、激痛が走り始める。
英史が肩を持って引きずってくれたおかげで、アユーダから少し離れることができた。
「右腕が……くそ、どうなってんだこれ!」
服の上から染みた紫の液体は、腕に激痛を常に走らせ続ける。
目に涙を浮かべながら、左手で右腕の服を引きちぎる。
元の太さから二倍は腫れ上がった、真紫の腕。
空気に触れるだけで、意識をいつでも手放せるような痛みが走る。
深呼吸をして無理やり意識を繋ぎとめながら、英史に話しかける。
「人体に触れるとこうなるらしい……」
「随分と痛そうだな、大丈夫か?」
大丈夫なわけないだろ! と怒りを感じたが、それは余りにもお門違いすぎる怒りだ。
感情をぐっと押し込め、歯を食いしばって涙を流しながら言った。
「この腕と痛みじゃまともに戦うなんて無理だ……。英史、あの女の液体は全て受け止める。なんとかしてあいつを倒してくれ」
左手に持った剣を、鞘ごと英史に渡す。
もうこれ以外にあの女、アユーダ・トロンを倒す可能性はない。
息を荒くしながら総帥への愛をうわ言のように語るアユーダが、再びこちらに近づいてきた。
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