ep.48「愛」
「私はにぼしが好きなのです」
「私はなめ茸が好きですなの」
「二人とも結構渋いのが好みなんだね……」
姉妹の好みのものに少しのん兵衛の可能性を感じて戦慄いると、ダメな二人が一緒にこちらに近づいてきた。
黒川さんは体がムキムキなままで、翼と輪っかは消えている。メノンさんは酒瓶を腰に突っ込み、時々しゃっくりをしながら歩いてきた。
「じゃあ、私たちここで戦ってるのです」
「お兄ちゃんは先に行くですなの」
クライン姉妹はそういいながら鎌を持った。
二人にお礼を言いながら、奥にあった階段を上る。
階段を上った先では、一人の女性が待ち構えていた。
というか、あの旗を受け取って匂いをかいでいた女だ。
「こんにちは。私はアユーダ・トロン。よろしくね!」
腕を組んでいた、アユーダ・トロンと名乗った女性が手を出して握手を求めてくる。
かなり警戒しながら右手をちょびっと出す。
瞬間、両手で力強く掴まれ、右手に激痛が走る。
「いたっ!」
手を振り払い、握手をした右手を見る。
真紫に手の平が腫れていて、四つの小さな穴が空いている。
握手した女のほうをみると、画鋲を四つはめた手のひらをこちらに向けてヒラヒラと振っていた。
空気に触れるだけで右手が痛む。剣を振るどころか、握ることすらできなさそうだ。
「私は勝って総帥にいいところを見せなきゃいけないの。総帥にいいところを見せて褒めてもらうの。総帥にいいところを見せて――」
脳がそれ以上聞くことを拒否した。
こいつ相当やばい。顔を赤らめて天井を眺めながら、総帥への愛をずっと語っている。
左手で剣を握り、ゆっくりと後ずさる。
その時、天井が轟音を出しながら崩れ落ちた。
剣を頭の上に構えてしゃがみ、瓦礫を避ける。
落下してきた瓦礫の中から、学生服を着た男が立ち上がる。
右手に構えた鉈を肩のかばんにしまい、代わりに花束を取り出す。
「こんにちはお嬢さん。この花束を渡すために参りました」
殺人鬼、士反 英史が跪きながら、あの女に花の束を渡した。
バラでもなければ綺麗な花でもない、ただのタンポポだ。
「これを総帥に渡せば褒めてもらえるかしら……」
アユーダ・トロンが奪い取るように花を受け取り、顔を赤らめながらうっとりとした表情で花を眺めている。
英史が跪いた姿勢から立ち上がろうとした瞬間、左腕の裾から鉈を取り出した。
鈍く光る銀色の鉈が、アユーダの首に迫る。
さすがに殺すのはまずいと、英史を止めようと走り出した。
「総帥は私の全て……ああ、総帥はなぜそんなにも私を強く惹きつけるの?」
英史が鉈を薙ぎ払った。
アユーダ・トロンの首が飛んだと思ったが、一向に飛ぶ気配はない。
それどころか、英史が自分の左手を見て驚き、こちらに下がってくる。
「英史、殺すのはまずいだろ!」
「僕は頭を取ろうとしただけだ。それに、殺すどころか攻撃するのすら難しそうだ」
英史が左手に持った鉈を見せてくる。
鉈の半分以上が、グジュグジュと音を立てながら腐り落ちていっていた。
紫のスライムのようなものが、鉈を溶かしているようだ。激臭と共に白い煙がスライムから漂う。
「総帥……。 はぁ……はぁはぁああああ!」
アユーダ・トロンが体を抱きしめながら、全身から恐ろしい量の紫の液体を出し始める。
「……英史、今回は協力しないか?」
「奇遇だね、僕もそう思っていたところさ」
英史は腐った鉈をそのあたりに捨て、新しい鉈を両手に構えた。
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