ep.44「開戦」
周りには、数十人もの侵略隊の人たちが集まっている。
中にはちらほらと、見たことの無い人もいる。太っている人やガリガリの人、黒い包帯を腕に巻きつけながら高らかに叫んでいる人……。
コロシアムに集合せよ、との伝達が来て集まったが、これがまたでかい。端から端まで、何キロあるか想像も付かないほどだ。自分から走ってでも行かない限り、端には辿り着かないだろう。
地面は緑色の芝に覆われていて、足に負担がかからない設計になっている。
一番目に付くのは、目の前にある城だ。端から端まで伸びた城壁が、侵略隊の前に堂々とそびえ立っている。
軽く城壁を叩いてみるが、かなり頑丈な造りだ。並大抵のことじゃ壊せないだろう。
「おお! 水樹チャンと一緒にいた坊主じゃないか」
後ろから声をかけられ、振り返る。
筋骨隆々とした体に、腰のホルスターにさしている黒い旧式の銃。
以前開発室で会った、第二チームのフチーレ・フュジさんだ。
「どうも、フュジさん」
「久しぶりだな。ヒュイド族の一人を倒したと聞いたぞ。まだ若いくせにやるな!」
頭をグシャグシャと、乱暴に撫でられる。以前もやられたが、あまり悪い気はしない。
「ふうむ、その餓鬼がヒュイド族を倒しただって……? ブフッ、信じられんな!」
食べカスを撒き散らしながらハンバーガーを食べている、さっき見た太った人。
言動というか、雰囲気というか、人を見下している気配を体中から出している。
「おい餓鬼。この私が自己紹介してやろう、光栄に思え。第二チーム班長、ピッグ・ミゴ様だ」
ミゴ? ミゴ……ゴミ!
一週間前に水樹さんが言っていたゴミとはこの人のことだったのか。確かに、水樹さんが嫌いそうなタイプだ。いや、大体の人が嫌いそうなタイプだが。
「ミゴ、この坊主は今ワシと話してるんだ。わかったらとっととゴミ箱で残飯でも漁ってるんだな」
フュジさんが腰から銃を抜き、ゴミの眉間に突きつける。
フンッと鼻を鳴らしたゴミは足音をドスドスと鳴らしながら去っていった。
「いやあ、すまんな坊主。ワシの、第二チームの班長は……はっきり言うとお飾りなんだ。金の力で無理やり班長の座についただけでな」
ああ。侵略隊、いつもお金に困ってますからね……。
二人で哀愁を漂わせていると、コロシアムの入場口から大量の足音が聞こえてきた。
「防衛隊のお出ましだな」
フュジさんがホルスターに銃を収めながら言った。
一言でいうと、やばい集団だ。言葉では言い表しにくい、危険な雰囲気を全員が出している。
「よくみろ坊主。あいつらの首辺りを」
フュジさんの言葉通り、目を細めて防衛隊の何人かの首辺りを見る。
全員、同じ赤色のペンダントを首からさげている。そのペンダントには、総帥の顔と、それをつけている者のキスシーンが精巧に彫られていた。
「うわっ! 何ですかあれ、全員つけてるんですか?!」
「もちのろんだ。一応言っておくが、言動も相当やばいぞ」
フュジさんの言葉に、隠しきれない嫌悪感を抱いた。
周りを見回してみる。他の侵略隊のメンバーも舌を出して気持ち悪がったり、明らかに顔をしかめている人もいた。
「永宮、随分と嫌そうな顔をしてるじゃないか! どれ、私の足でも――」
フュジさんがすかさず腰から銃を抜き取り、声のする方に向かって発砲した。
振り返ると、頭を撃ち抜かれて倒れている、第二チームのリティ・インモータルさんがいた。
すぐに血を吹きながら立ち上がり、ニッコリと笑った。
「リティ、お前の足なんぞ貰っても誰も嬉しくないぞ」
「ふむ。そうだったのか」
逆に知らなかったんですか。心の中でそう突っ込んだ。
リティさんの相変わらずっぷりに呆れていると、特徴的な赤毛の女性と、怪しげな本を持った男性が近づいてくるのが見えた。
「リティ! また自分の体をもぎ取ろうとしてんのか!」
「ネギブア、そんなに怒るな。この本には"急いては事を損じる"と書いている」
赤毛の女性は……確かウォト・ネギブアさんだ。リティさんをリビングの暖炉にふっ飛ばしていた。
怪しげな本を持ちながら、言葉の意味を少し間違っている男性はヴォラン・ヴェイキュルさんだ。蒸気機関車のイベントのときに会った。
「あーあー、諸君。おはよう」
ガガッ、ピーッという音と共に、総帥の声がコロシアムに響く。
客席の一番高いところに、ゼバル隊長と総帥と、あと一人見たことの無い小太りの男が立っていた。
驚いたことに、防衛隊の全員が総帥のほうに跪いて、頭を垂れた。
土ぼこり一つ立たない、素晴らしい動きなのがさらに気持ち悪い。
「私自身、長苦しい話は苦手なので手短にすまそう。
ルールは簡単だ。防衛隊は城の中で、所定の時間まで侵略隊にこの旗に触れさせないようにすれば勝ちだ。侵略隊も同様に、この旗に触れるだけで勝ちだ」
総帥はゼバル隊長から、水色の大きな布がついた旗を受け取り、全員に見えるように大きく振った。
ちら、と旗の棒の部分に特売品のシールが貼られているのが見えたが、気にしないことにした。
「よし、全員よく見たな。……アユーダ!」
総帥が誰かの名前を呼び、防衛隊に向かって旗を思い切り投げつけた。
一人の、ポニーテールの女性がゆっくりと立ち上がり、旗を抱きしめるように受け止めた。
「そ、総帥が触ったもの。しあわせぇ……」
胸で旗を受け止めた女がそういったのを、俺は聞き逃さなかった。少し離れたこちらにも鼻音が聞こえるほど旗の匂いを勢いよく嗅ぎ、頬ずりをしてから、総帥に敬礼した。
なんというか、ハイレベルだ。
「全員準備開始! 開戦は防衛隊が旗を置いたらだ!」
総帥がそう締めくくったあと、防衛隊は城門から城へ入っていった。
防衛隊に対しての気持ち悪さが完璧な恐怖に変わり、ガタガタと震える自分の体を抱きしめた。
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