ep.32「血みどろの鉈」
黒い学生服を着た男をストーキングする。
道行く女性に気兼ねなく挨拶しているところを見ると、本当に殺人鬼なのか疑わしくなってくる。
挨拶された女性も、笑顔で挨拶を返している。
短めの黒い髪をゆらゆらと揺らしながらゆっくりと歩いている。
突然、右に曲がり狭い路地の中に入っていく。
服の中に隠していた剣に手をかけながら、路地に入っていく。
「さっきから追ってきてるけど、なんなんだい?」
路地に入った瞬間、いきなり声をかけられる。
ためらいなく目の前の男をなぎ払う。
鞄の中から何かを取り出し、剣を受け止められる。
「……この前のイベントの奴じゃないか。宣伝でもしに来てくれたのかい?」
何で俺のこと知ってるんだろうか。
右足で男のみぞおちを蹴って距離を取る。
「お前……頭収集家だよな?」
「そうだね。巷ではそう呼ばれてるよ」
男が鞄から取り出したものを見る。
血まみれの包帯が巻きつけられた厚刃の鉈だ。
チャックが少しだけ開いた鞄の中に、髪の毛らしきものがチラッと見える。
「頭収集家って呼ぶの面倒なんだ。名前教えてくれないか?」
「……いいよ。士反 英史って言うんだ」
「英史君、大人しく捕まってくれるとこっちも嬉しいんだけど」
「無理だね。まだあの子を見つけてないんだ」
英史が鉈の包帯を取り外した。
肩にかけていた大きな鞄を地面に下ろす。
そして、血がこびりついた鉈を前に構えた。
「こっちは最悪殺してもいい、と言われている。それでも戦う気なのか?」
「もちろん」
英史が斬りかかってくるのを受け止める。
とんでもない怪力で、両手で剣を持っても受け止めるのが精一杯だ。というか、徐々に壁に押し込まれている。
鉈を左側に受け流してから、鉈を持っている手を膝で蹴る。
予想通り英史は鉈を手から落とす。手首を切り落とそうとするが、服の裾から金属質の何かが鈍く光るのが見えた。
咄嗟に後ろに飛びのく。
服の裾に新しい鉈を隠していたようだ。どうやって隠していたんだという大きさの鉈を取り出す。曲芸師か?
地面に落ちている血まみれの鉈を拾い上げ、新しいものと一緒に構える。
俗にいう二刀流という方法だが、鉈でそれをする奴は初めて見た。
路地の壁をガリガリと削りながら、左に持った血まみれの鉈を斜めから振り下ろしてくる。
腰の鞘を英史の後ろに放り投げ、右の腕で受け止める。
さすがの怪力というべきか、腕から肉を斬る音だけではなく骨が軋む音もする。
おまけに右の鉈も下から振り上げてきた。
左の太ももに鉈が食い込む。
先ほどまで鈍い光をあげていた新品の鉈は、血で赤く染まってしまう。
「かかったな…この殺人鬼が…!」
右の腕と左の太ももに力を込める。圧縮された筋肉でがっちりと鉈を固定する。
英史が焦った一瞬の隙に、左手に持った剣で腹を突き刺す。
ミチミチと、肉を斬る感触が剣ごしに伝わってくる。
剣を根元まで腹に突き刺した。
英史の小さいうめき声が聞こえる。
「捨て身で攻撃してくるとは流石に予想できなかったよ……でも!」
顔の右側に衝撃が走る。
「腹を貫かれたぐらいで簡単に死ぬほどやわじゃないんだ。君をここで殴り殺してゆっくりと医者にかかるよ」
左側にも衝撃が走る。
みぞおち、喉仏などの人体の急所を的確に殴ってくる。
あまりの攻撃に意識を手放しそうになるが、歯で唇をかみ締めて何とか繋ぎとめる。
そして搾り出すようにこう言った。
「簡単に逃がすわけないだろ……が!」
鉈が食い込んだままの右手で剣を掴む。
剣から強力な磁力を発生させ、鞘を戻す。
腹をつらい抜いた剣に、無理やり鞘が戻ろうとする。
英史の体を鞘がギチギチと鞘の根元まで押し込んでいく。
とうに根元まで刺さっているのに、更に押し込まれる激痛を味わう。
「ぐああああっ! ぐっ……!」
剣を握っていた右手を離す。かなりの力で掴んでいたのか、手のひらが紫色になっている。
腹に刺さった剣を抑えながら後ずさる英史。それでも、倒れこむことはない。化け物並みの耐久力だ。
左の太ももに刺さった鉈を右手で引っこ抜く。
それを、腹を抑える英史の肩口に向かって振り下ろした。
さすがに効いたのか、白目を向いて倒れる。
英史が倒れこんだのと同時に、こちらの意識までまどろみだす。
唇を噛んで耐えようとするが、その努力もむなしく。意識を手放してしまった。
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