ep.20「蒸気機関車」
とある山奥。
背後に広がる景色は一面緑色で心が癒されるようだ。風が吹くごとに葉っぱが擦れる音が鳴る。
オーロさんが口から煙を吐き出した。プフェーアトさんは今回はいないらしい。
「少年。正直言って太平洋横断の時点で稽古はほとんど終わりなんだね~」
あれ以上に厳しい稽古があっても困る。
オーロさんは携帯灰皿に煙草を押し付けた。
「ということでこれが最後の稽古なんだね~」
オーロさんは線路の上で佇んでいるボロボロに錆びた黒いものを叩いた。
「それは…電車ですか?」
「惜しいんだね~。もう何百年も前で形を保ってるのが不思議なぐらいな、蒸気機関車っていう物なんだね~」
蒸気機関車という物の中から一人の男性が出てくる。
上下ねずみ色の少し汚れた作業服を着ている。
「観客も擬似煙排出装置も設置が終わったぞ」
「ヴォラン。少年についでに自己紹介したらどうだ~い?」
「そうだな」
男性は手を差し出して握手を求めてくる。
その手をしっかりと握り握手をする。
「永宮と言ったな。私の名前はヴォラン・ヴェイキュル。第二チームの開発担当だ」
第二チーム。リティさんの印象が強すぎて変人ばかりに見えるが、ネギブアさんと同じようにこの人もまともそうだ。
「今日はやけに大人しいね~ヴォラン」
「当たり前だ。この本に"第一印象は大人の雰囲気を存分に出せ"と書いているからな」
「意味を間違ってないか~い…?」
ヴォランという人が服の中から本を取り出す。
親指を立てた手のマークが真ん中に描かれ『願いが叶う!男の秘訣集』と書かれている。
変人ではなさそうだが残念そうだ。
「というより、観客とか擬似煙排出装置って何ですか?」
「あ~少年。それはね~…」
「侵略隊の金が足りないから『蒸気機関車が走る!』というイベントを開いたのだ。石炭や練炭なぞ今どき高すぎて手に入らないからな。安上がりで金を集めようとしているのだ」
「ヴォラン、ちょっと~…」
そういえばお金をケチってるとかいうことを聞いたことがある。
侵略隊は結構貧乏なのだろうか。
「ま、まぁ…。そういうことなんだね~少年。この蒸気機関車を時速七十キロぐらいで押してくれればいいんだね~」
「総重量は百トンとちょっとだ。侵略隊の予算を増やすために頑張ってくれ」
目的が金稼ぎならば手伝ってくれてもいいんじゃないだろうか。
蒸気機関車を後ろから押してみる。
……重い。
―――――
素晴らしい子がいるかもしれないと思ってこんなイベントに来てみたけど…。
肝心の蒸気機関車が来る気配もないし、周りは男だらけだ。
やはり金を払ってまで来る価値はなかった。
鞄の中に道具をしまい帰り支度をする。
「おお! 来たぞ!」
誰かが大声で叫ぶ。
山の方を見ると、黒い煙を出しながら走る蒸気機関車が見えた。
ポォーッと汽笛を鳴らしながら再び山の木々の中へ消えていく。
「写真撮ったか?!」
「スゲー!」
「数百年ぶりに走った蒸気機関車、大ニュースだ!」
周りの男達が騒ぎ出す。
…蒸気機関車を人が押していたように見えたけど。
やらせか気のせいか。
何にせよ、たまにはこういうのもいいな。
心が少し洗われたような感覚になる。
気分が良いまま、騒ぐ男達の中から離れた。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。