ep.19「大海原」
クロールで泳ぐのを一旦止める。
どこを見回しても青い海が広がっているだけだ。陸地などはもうとっくの前に見えなくなった。
カモメかなにかの鳴き声が聞こえてくる。空は雲が全くない快晴で、太陽がちょうど真上の位置にまで昇っている。
早一日が経った。夜空に浮かぶ満天の星を見ながら泳ぐのはロマンチックなものを感じたが、もっと落ち着いて見たかった。できれば椅子に座ってお酒でも飲みながら。
出発したのが昨日の朝がただから、もうタイムリミットのうちの三分の一は過ぎていることになる。
照りつける日差しが体力をじわじわと削ってくる。精神のほうもおかしくなりそうだ。見えないゴールを目指してどこを見ても青い世界を一人で進む。とんでもない苦痛だ。
「そもそも、本当に人間ができることなのか…?」
太平洋を七十二時間で横断。太平洋の距離は少なめに見積もっても八千キロはある。理論上百十一キロの速度を保ちながらノンストップで進めば横断できる。
百十一キロで走ることはできなくもない。しかし、ここは海の上だ。いくら陸上で速かろうが関係ない。
パシャッ、と近くで魚が跳ねる。いつのまにか近くまで大量の小魚の群れが来ていた。
「懐かしいな…」
昔は川に行きよく小魚をとった。そのまま塩を振りかけて焼くんだ。美味かったなぁ…。
カエルやザリガニ、アメンボなんかもよく捕まえて…。
「…アメンボ?」
アメンボは水の上をすいすい進む。あれは表面張力におまけして足から出した油を利用しているらしいが、そんなことはどうでもいい。
海の中では走れないが、海を走る方法はある。
両手で海面を叩き飛び上がる。
体を回転させ服についた海水をできるだけ飛ばす。
海面に右足をつける。瞬間、左足を前に出す。
「海面を走れるっていうのは本当だったんだ!」
海の中を泳ぐよりも遥かに速く進んでいく。
一歩海面を踏むごとに水しぶきがあがる。
残り何キロあるかわからないが、止まってしまったらもう走ることはできない。
体力が尽きてしまう。
足を動かすことにのみ集中し、大海原の中を駆けていく。
―――――
広い砂浜の真ん中で永宮のことを二人で待っているヒン。
「残り十分…こりゃ無理かもしれないね~」
「だから危険すぎるって言ったヒン! もういい、探しにいくヒン!」
靴を脱ぎ探しに行こうとすると、オーロに肩を掴まれたヒン。
「その必要はないね~」
オーロが指差した方向を見る。
とんでもない勢いで海面を走ってくる永宮の姿がちっちゃく見えたヒン。
「永宮~! こっちだヒ~ン!」
「残り八分…あの場所から間に合うのかね~?」
「絶対間に合うヒン! 永宮、もう少しだヒーン!」
小さかった姿がどんどんと大きくなり、永宮が砂浜に滑り込むようにして突っ込んできたヒン。
「七十二時間ジャスト。おめでとう少年~」
「永宮お疲れ様だヒン! よく頑張ったヒン!」
倒れこんだ永宮の体を抱き上げる。
永宮は体力を使い果たしたのかぐったりと動かないヒン。
「永宮が気絶してるヒン」
「そりゃ随分頑張ったんだね~。頭にわかめもついてるし~…。ま、とりあえず帰ろうかね~」
オーロが煙草の火をつける。
煙を口から吐きながら歩くオーロの後ろをついていったヒン。
海の上は秒速30mもあれば走れるらしいですね。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。