ep.137「全ての終焉」
「……あぁ、クソッ……」
流れ出る涙を無理やり抑え、斬られた左肩と右足の断面から流れ出る血を見る。
赤黒い血は止まることを知らず、止め処なく溢れ出てくる。
「ん。ちょうど終わったみたいだね、大丈夫?」
細身の男性の姿が、薄れていく意識の中でぼんやりと見えた。
尋常ではないほど震える手を無理やり動かし、ロジーの方を指差す。
「ロジー……ロジーを……」
「もう手当てしたよ。元敵を助けるって何だか不思議だよね。ちょっと痛むよ」
パズルさんが懐から二枚のピースを取り出し、ゴソゴソと左肩と右足の断面を弄り始める。
チクリとした痛みと共に、傷口が縫われている感触がする。麻酔なしでされるのは痛いが、先ほど戦ったときのアドレナリンが出ているのか、そこまでもない。
義足を装着され、腕に輸血管を刺される。
「あ~、あ~!」
「変な声出さないでよ……。輸血してるだけだって」
体の中に新しい血液が循環する感覚がし、全身に力が篭る。
頬に熱が灯り、心臓が水を得た魚のようにバクバクと心音を鳴らす。
ゆっくりと体を起こし、輸血パックを心臓より高い位置に上げているパズルさんに問いかける。
「ポルトロンさんはどうしたんですか?」
「ああ、班長クラスと戦った時に大怪我してね。応急手当して病院に担ぎ込んだ。もう、防衛隊は全員倒したよ。」
防衛隊も全員倒した。班長も、今俺が殺した。
そうなるとすれば、後残っているのはあの人だけである。
右足に着けられた義足に慎重に体重をかけ、立ち上がった。
「……あとは、総帥だけですね。」
「そうだね。……まあ、野暮かもしれないけど、辛いなら僕が代わりに殺してこようか?」
パズルさんの問いかけに、首をゆっくりと横に振る。
彼は目を閉じて少しだけ頷き、「頑張って」とだけ言った。
「最後、か……」
岬を抜け、侵略隊の施設に向かって歩く。総帥が居るとしたら、あそこしかないからだ。
太平洋横断をした浜を眺め、掘り出したニトログリセリンが爆発した庭園を抜ける。
カツコツと廊下に心地よいリズムで足音を響かせながら、暖炉が設置されたリビングを通り抜ける。
第三チームの部屋の前を通り過ぎ、防衛隊の施設に移動してから階段を昇る。
「……」
総帥の部屋の前に立ち、深く息を吸い込む。
扉の取ってに手をかけ、優しく落ち着いた動きで扉を開けた。
「……そうか。テュエマタールは……死んでしまったのか。」
部屋の中には、朝日の光が目一杯に入り込んでいた。
黒い革製の重厚な雰囲気が漂う椅子に深く座り込み、こちらを落ち着いた目で見ている。
音も立てずに立ち上がり、窓の外に浮かぶ朝日を眺め始めた。
「総帥。……どうしてこんなことをしたか、聞いてもよろしいですか?」
そう言うと、総帥は一度肩を持ち上げた後、大きな息を吐いた。
そして、小雨が降るような小さい声で話し始める。
「……笑うかもしれないし、怒るかもしれないな。ただの八つ当たりさ。
私は防衛隊全員を洗脳して、ヴォランの言うことに従っていたんだ。私の両親は殺され、兄はどこか別の星で暮らしていると聞いた。
奴の生き返りの方法とやらで、もう一度家族全員で暮らしたかったんだ。」
そこで一度言葉を区切り、窓を思い切り叩く総帥。
椅子の近くに置いてある茶色の木製の大きな机の上に座り、深い溜息を吐いた。
「それがどうだ。奴は死んだ。兄の行方は奴しか知らない。
だから、八つ当たりなんだ。テュエマタートを巻き込んで、奴の故郷とも言える地球を壊そうとしたんだ。
……ふふっ、怒っているだろう。呆れただろう。何とでも思ってくれ」
総帥が目から涙を流し、頬を伝わせる。
一度ゆっくりと瞬きをしてから、腰に差している剣をゆっくりと引き抜いた。
柔らかいカーペットが敷かれた地面を一歩一歩踏みしめるように歩き、彼女の前に立つ。
「怒っていないと言ったら嘘になります。しかし、呆れはしません。大切な人を生き返らせたいなんて、誰でも願うことですから。」
彼女の首に狙いを定め、大きく剣を振り上げる。
このまま本気で振り下ろせば、痛みを感じることもなくすぐにあの世に逝くだろう。
「墓は……班長、テュエマタートと同じでいいですか?」
「ふふっ、墓なんて立ててくれないと思っていたが……ありがとう。」
「はい。……それでは、さようなら。総帥。」
思い切り、剣を振り下ろした。
ゴトリと重い音を立てながら彼女の頭が地面に落下し、カーペットを赤黒く染め上げていく。
剣に付着した血をズボンで拭い取り、窓の外に浮かぶ朝日を眺め、安堵の溜息を吐いた。
「全部、終わった……な」
今までのことを全て思い返し、先ほど枯れそうなほど出した涙をもう一度、流した。