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ep.??「キル・テュエマタート」

 生まれた時から、僕には親が居なかった。

 それもそうだ。月のスラムなんて場所では、親が居ない子どもなんて当たり前と言ってもいいのだから。

 

 幸い、僕は戦うことに関しての才能はあったみたいだ。同年代の子ども達から住処を守り、食料を奪い取ることぐらいは出来た。それで食い繋いでいた。

 周りは群れで行動するが、僕はいつも一人だった。食料を奪い取るような無法者はそうなって当然だ。

 しかし、僕は孤独でもよかった。寂しくないといえば嘘になるが、一人の方が気楽だった。



 そんなある日。

 住処の目の前に、薄緑の髪を生やした少女が捨てられていた。

 意味のわからない言語を話し、意思疎通の方法はボディランゲージのみ。手の平が柔らかさや髪質、体に全く傷がないことから、スラム以外のどこかから来たのだろうと推測した。

 録に働けず、そのくせ食料だけは一丁前に食べる。多少のイラつきを感じていた節もあった。


 そして何故か、僕はその少女と暮らし始めた。

 名前も知らないし、言葉も通じない。そういった奇妙でもあり新しくもある体験が、スラムで感じていた孤独を紛らわせたのかもしれない。

 どこから学んできたのか知らないが、スリの技術もいつの間にか習得していた。頭は良い方だったのだろう。

 酔っ払った大人の財布をかっぱらい、いざとなったら僕が囮になって逃げる暮らしをしていた。体格が整っている大人には勝てずボコボコにされたが、住処に帰れば彼女が処置をしてくれた。

 


 そして、大きな人生の転機が来る。

 明らかにスラムの住人ではない、馬のマスクを被った男が大通りを歩いていたのだ。腰ポケットに無造作に財布を突っ込み、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。

 

 結果から言うと、失敗だった。

 その男は、スラムのどの男よりも強かったのだ。彼女を逃がす時間すら稼ぐことが出来ず、あっさりと捕まえられてしまった。

 

「なんだよお前……! その格好、地球に住んでるんだろ! 僕達に少しぐらい分けろよ!」


 僕は、今までの自分の人生に対する鬱憤を晴らすようにそう叫んだ。

 見当違いな相手に、見当違いなことを言っているのは自分でもわかっていた。

 その男は自分の顎をしばらく擦っていたが、突然右手を差し出し、こう言った。


「俺の名前はシュバルツ・プフェーアトだヒン。まったく、酷い目をしてるヒン。ちょっと来るヒン!」


 ちょっと来る、というよりかは、ほぼ拉致に近かった。

 肩に担がれ、訳もわからないまま、彼女と共に地球に連れて行かれた。



「隊長、スラムで面白い子どもを見つけたヒン。どうせ人居ないんだし、ここで住ませても大丈夫ヒン?」


「んー……いいよ。」


 少し小じわが目立つ男の部屋に連れて行かれ、僕と少女は()()()という場所に住むことになった。

 その建物にはまだ人が全くと言っていいほど居なかった。


「……! 運否天賦、という奴か?」


「何を言ってるんだヴォラン? ああ、私はリティだ。よろしく。」


 開発室という場所に居たヴォランと名乗る人物が、僕と一緒に居る薄緑の髪の少女を見て目を見開いた。

 何十秒か見詰め合っていたが、特に何も起きず。机の上にある分厚い辞典を持ち出し、パラパラと捲りながら僕と彼女を指差した。


「そうだな。その金髪の少年の方は……キル・テュエマタートだ。少女の方はスール。名前があるなら別だが、もしないならそう名乗るといい」


 もちろん、スラムの親なし子に名前などあるはずがない。

 これから僕は、キル・テュエマタートを名乗ることになった。


 スールの方は主に勉強をしているようだった。生来の頭の良さから、どんな知識でもスポンジの様に吸収するのだとか。

 対して僕は、プフェーアトとリティと戦う訓練ばかりをしていた。



「……本当に末恐ろしい強さヒン……」


 ふっくらと肉が付き、それが筋肉に変わる頃。

 僕はプフェーアトとリティを同時に相手取れるようになっていた。無傷で圧倒的に、とは行かなかったが。

 その時に、防衛隊という概念が出来た。正確に言えば、アユーダ・トロンという女性が強引に押しかけてきたのだ。

 


「テュエマタートはスールを守る騎士みたいだな」


「その通りだヒン。最強の騎士だヒン。」


 ゼバル隊長が「俺より頭良いから」との理由でスールを総帥に仕立て上げた。防衛隊と侵略隊を纏める立場とのことらしい。

 スラム時代から彼女のことを気にかけていたのもあって、「騎士・テュエマタート」という風によく弄られた。


「うるさいなぁ……」


「照れることないヒン。思春期だから、好きな人が出来るのは当たり前だヒン。」


「プフェーアト!」


 弄られる度に拳骨をお見舞いしているのだが、全く懲りる様子がない。

 スールが好きというのは……いやいや、……どうなのだろう。自分でもよくわからない。

 大切にしたいとは思っているが、それはライクであってラブではない。……気がする。


「オラ! チンピラ三人組、遊ぶのもいいが任務も大事にしろ!」


「訓練だヒン、隊長!」


「僕をチンピラ扱いしないでください!」


「私とプフェーアトがチンピラみたいな言い方は止めてくれるか。」


 侵略隊は、スラムで暮らしていた僕にとっては天国のような場所だった。

 暖かい食べ物を食べることができる。安心して眠れる。

 そして何より、仲間の皆と笑い合うことが出来る。

 どんなに価値のある宝石や宝物よりも、とても大切な、代えがたい時間と空間だった。



「俺の名前はオーロ・カレンシー。よろしくなんだね~」


「水樹のりえよ。よろしく。」


 道端で濡れているオーロを侵略隊に勧誘し、プフェーアトが水樹を勧誘した。

 仲間はドンドン増えていき、来た頃には寂しかった侵略隊がとても騒がしくなった。

 

「ワシの名前はフチーレ・フュジ! まぁよろしくな!」


「フハハハハハッ! 我は至高の存在、黒川龍一郎である!」


「ペラノ・メノンだ! 貯蔵室は俺が酒置き場に作り変えたぜ!」


 本当に、騒がしくなった。

 あまりに個性的なメンバーが集まりすぎたせいで、壁や天井がいきなり壊れるなんて事は日常茶飯事になった。

 予算に刻まれる赤い数字に隊長がしばらく胃腸薬を手放せなかったらしいが、侵略隊全員で真面目に働けば赤字を上回る量の金を稼ぐことが出来た。面倒くさいので、全員もう二度とやらないと言っていたが。



「……ヒュイド族?」


「ああ。」


 酒を飲めるようになり、チビチビと貯蔵室から盗んだ酒を飲んでいた時。

 隊長とヴォランが、やけに神妙な顔で話を持ちかけてきた。


「人間によく似た種族が居るみたいでな。その星は資源も豊富らしいし、全て処理して来て欲しい。」


「……処理ですか。わかりました。」


 僕が第三チームの班長になってから、初めての任務だった。

 オーロ、水樹、プフェーアト。そして僕を含めた四人で、その一族の居る星に向かった。


 美しい緑の平原に、優しく吹く生物の体温のような力強く温かい風。

 星中に溢れんばかりの活気と元気が溢れ、地球と遜色ないと言えるほど快適な星だった。

 小高い丘の上に宇宙船を止め、平原に広がる集落を眺める。


「……本当に人間と同じ、よね。違う星の生き物なのに。」


 水樹が集落からこちらを警戒した様子で睨んでいるヒュイド族を眺め、呟いた。

 小さく溜息を吐き、腰に付けた鞘から剣を引き抜く。凍りついた茨の様に輝く刀身は、常に濡れているかのような霞仕上げになっている。

 

「それじゃ、やろうか。」

 


 若々しく猛々しい緑の草々は、赤黒い血を美味しそうに吸い始める。

 平原に吹く風には血の匂いが乗り、嗅覚がそれを正常な匂いだと認識し始めた。

 道端に落ちた誰かの腕を蹴り飛ばし、建物を崩し回っているプフェーアトに大きな声で叫ぶ。


「プフェーアト、仲間を巻き込むんじゃないぞー!」


「わかったヒーン! しっかし、張り合いがなくてつまらないヒン。早く終わらせて帰るヒン!」


 槍を持って突っ込んでくる住民の頭を斬り飛ばし、この集落で一番大きな建物に向かって歩く。

 扉を守るようにして立っている騎士の四肢を画鋲の様に壁に繋ぎ止め、大きなあくびをしながら建物の中を進む。

 階段を昇り、白を貴重とした美しい扉を開く。


「……なっ!」


 向こう側が透けて見える、薄い紫色の布に包まれたベッド。

 それ以外にはほぼ家具はなく、白い机と小さな花瓶が置かれているだけだ。

 そして、そのベッドに。


「緑の髪……」


 見惚れてしまうような緑色の髪を、首の下で綺麗に切りそろえた女性が居た。

 体だけを起こし、光のない虚ろな瞳をこちらに向けている。


 スールの髪は薄緑であり、今目の前にいる彼女の髪の色とは異なっている。

 しかし、スールとの共通点が色々と見えてきた。

 少しだけ吊り上がった目尻に、緑色の瞳。病的に青白い肌と薄い唇の色は、彼女自身が重い病気にかかているからだろうか。


「どなた……ですか?」


 透き通る声が部屋の中で反響し、外で響く阿鼻叫喚の声が一瞬だけ消えたような感覚に陥る。

 見れば見るほどスールに似ている。


「外で聞こえている悲鳴は……一体何が起こっているんですか?」


 右手に持った剣の柄を握り締め、彼女にゆっくりと歩みを進める。

 目が見えていないのか、僕が動いたことにも気づいていない。

 彼女の肩をそっと掴む。


「名乗れないんです。すみません。」


 喉の中心に剣を突き刺した。

 肉を貫き、声帯を抉り、骨を断ち切る感触が右手に伝わった。

 刀身に付着したぽたぽたと垂れ落ちる血液をベッドの布で拭い取る。

 

 純白に輝く刀身を鞘に納め、鼻腔に溜まった血の匂いを飲み込んだ。

 出来るだけ苦しまぬ様に刺したのが功を成したのか、彼女の顔は苦しみで歪んではいなかった。

 

「スール……君は、地球から来たと思っていたけど……」


 地球で子どもを育て切れなかった親が、スラムに捨てていったのだと思い込んでいた。

 しかし、この遠く離れた地で、彼女と似た人物を見つけた。そして殺した。

 心の中に渦巻く暗い思考を収め、建物から出ようと足を動かした。




「キル・テュエマタート。私に、協力してくれないか。」


 彼女、スールが真面目な声色で言う。

 その周りには、防衛隊の面々が揃っていた。


「なぁ……お前は私のことが好きなのだろう?」


 彼女が、僕の体に体重をかけて寄りかかって来る。

 戦っているときでもないのに、鼓動がバクバクと大きな音を立てる。

 

「もしこれが終わったら、私と一緒になろう。望むなら、二人きりの場所に行って静かに暮らそう。」


 今ならハッキリと言える。

 僕はスールを心の底から愛している。しかし、それと同時に仲間のことも大切に思っている。

 彼女は、地球を壊すつもりだ。防衛隊だけでもそれは出来るだろうし、僕が加わればそれは確実なものになるだろう。

 

 僕は……


「……わかりました、総帥。」


 他人任せだ。

 騎士と言うのは、自分よりも高い身分に従うことしか出来ない。

 本当に、自分が情けない。


「……永宮君。」


 どこかでズレてしまった彼女と僕を止めれるのは、彼だけだろう。

 彼は入隊した頃から強くなり続けている。僕を殺せるとしたら……






 彼は強い。

 最後の攻撃とは言ったが、もう勝敗は火を見るより明らかだ。


 僕の首を掴んでいる手の力強さに、どこか喜ばしい感情を感じる。子どもの成長を見た親の気持ち、という奴だろうか。

 喉の奥から搾り出したような苦しい声色でお礼を言う彼に、精一杯の優しい声で返す。


「僕からも。……おめでとう、永宮君。じゃあ、行こうか!」


 さようなら、皆。

 ごめんね、スール。


 ありがとう、永宮君。

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