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ep.136「憎むべき、尊敬すべき偉大な人」

「ロジー……冗談にしてはタチが悪いぞ。早く目ぇ覚ませって……」


 彼女の瞳は開かない。

 脈は弱々しくなっていき、その命というともし火は今にもかき消えそうだ。

 その時、コトリと、彼女のポケットから黒く硬い何かが落ちる。


 その黒い何かは地球に引き寄せられるように引っ付いている。

 動かそうとしても全く動かない。なのに、ひっくり返すと自ら離れるように簡単に外れてしまった。


「磁石……か。地球も確かでかい磁石……だったかな。」


 ゆっくりと立ち上がり、胸に押し付けている鞘を掴む。

 ハンマーで叩くような衝撃を出している心臓の鼓動を弱め、通常の速さまで戻した。


「班長……いや、テュエマタール!」


「うん、覚悟が決まったんだね。」


 この剣は俺の思考と繋がっていると、かなり昔に水樹さんが言っていた。

 今までは単純な方法でしか使っていなかったが、イメージで磁力が動かせるというのならば、もっと自由に動けるのではないか。

 右の踵で地面を踏みしめ、地球という巨大な磁石と反発するように磁力を合わせる。


 ぶわりと体が浮き上がり、地面を進むよりも遥かに早く自由に動けるようになった。


「僕も本気で行くよ、永宮君!」


「上等だこの野郎!」


 暗かった岬と海が、次第に明るくなり始める。

 地平線の向こうから浮かび上がってきた太陽の中心で、テュエマタールと鍔迫り合う。

 磁力を操る限り、攻撃はほぼ無限大に強くなていく。速さも申し分ないほど出る。

 

「ハァッ!」


 その場で回転し、遠心力を生かしながら剣を薙ぎ払った。

 受け止められはしてしまったが、先ほどのようにたやすくという感じではない。

 彼が右手を上に掲げた瞬間、空中で舞っている五つの剣が一斉にこちらに向かって迫ってくる。


 皮膚を掠めながら何とか剣で弾くが、その隙を見計らって彼に斬られてしまった。

 体を逸らして避け、左腕が根元から持っていかれるだけで済んだ。


「うぉぉぉおおおぉぉおおお!」


 獣の如き叫び声を上げ、脳の中を埋め尽くす痛みを全て闘志に変換する。

 猛り狂う怒りをも闘志に変換し、今までに感じたことのない心地よさという感覚が生まれる。

 彼の顎を真上に蹴り上げ、みぞおちに鋭いボディブローを決める。


 鋭い勢いと地球からの反発力、それにヴォランさんの通す武術が伝わり、彼の肺がミンチになった感触が拳に伝わった。

 

「ぐふっ……はぁぁあああああぁぁあ!」


 肺が潰れたにも関わらず、俺の雄叫びよりも更に大きい雄叫びをあげた。

 口に溜まった血を被せられ、視界が一瞬消える。

 無理やり目を見開くと、一秒も立たない短い時間で着地し、こちらに斬りかかる体勢を取っていた。


 右足を根元から断ち切られ、涙が少しだけ漏れ出る。

 宙に回転しながら舞う右足を掴み、テュエマタールの即頭部を思い切り叩き抜いた。

 砂埃を散らしながら灯台に激突し、少しだけ怯んだ彼に体ごと突っ込む。


「喰らえやぁぁあぁあああぁあ!」


 剣を捨て、右腕でテュエマタールの首を掴む。

 地球からの反発力をバネの様に圧縮し、思い切り空に向かって飛んだ。


 灯台を越え、雲を越え、空を越える。

 太陽が上がり、地表が寿色に照らされているのがよく見える。

 

「永宮君、互いにこれが最後だ。どっちかが絶対に死ぬ。……何か言うことはあるかい?」


 空に滞空する時間はおよそ十秒。

 落下時は磁力で地球に向かって思い切り引っ張るので、これが本当に最後だろう。


 唇を震わせ、頭の中に巡る記憶に目を見開き、喉の奥から搾り出した。



「……ありがとうございました! キル・テュエマタール第三班長!」


「僕からも。……おめでとう、永宮君。じゃあ、行こうか!」



 滞空時間が終わり、体が地上に向かって引っ張られる。

 物理法則を馬鹿にする速度で落下し、風のせいで右耳の鼓膜がブチリと千切れてしまった。

 

 首を掴んでいる手に剣が突き刺さり、血が噴き出る。

 先ほど弾いた宙に舞う五つの剣達が戻ってきたようで、俺の右腕を次々と貫いていく。

 それでも掴む力を緩めない。絶対に緩めない。


「ハァッ!」


 テュエマタール自身が持つ、最後の一本をこちらに向かって突いてくる。

 喉に迫る剣。左足にわざと突き刺させて勢いを弱めるがそれでも貫通して喉に迫ってくる。

 

「クソッ、ぬうがっ!」


 首を少しだけ引っ込め、歯で無理やり剣を受け止める。

 歯が半分以上へし折れたが、何とか止めることが出来た。

 剣を吐き、首を掴む右手に更に力を込める。

 


「しゃぁぁああぁぁああぁっ!」


 地面に大量のヒビが入るほど鋭く、勢いよく叩き付けた。

 岬を中心に大規模の津波が発生し、太平洋の方へ向かって進んでいく。

 


「……おめで、と……永……」


 体の半分以上が潰れてしまったテュエマタールが、本当にかすかな声でそう言った。

 脈は止まり、瞼を閉じ、指の先すらも動かなくなってしまった。

 目から溢れ出る液体を抑えようとするが、止め処なく溢れ出てくる。


 ロジーを助け、総帥を始末しなければならないのに。

 その場で嗚咽を上げ、男の尊厳などへったくれもないほど、


「班長……! グスッ、本当にありが……ヒック、ございまじた!」


 尊敬する班長に向かって敬礼した。



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