ep.135.「覚悟の行動」
口から鋭い呼気を吐き、砂が浮き上がるほど強く右足で地面を踏み抜く。
一歩地面を踏みしめるごとに土塊が舞い、潮風がバタバタと耳元で騒ぎ立てた。
班長の視線を外すために滅茶苦茶に走り回るが、光るように鋭いその瞳孔が延々とこちらを追いかけてくる。
「クソッ!」
フュジさんから貰った拳銃を懐から引き抜き、彼の頭に照準を合わせる。
左手の人差し指を引き金にかけ、乾いた炸裂音と閃光を銃先から出した。
ライフリング機構で回転しながら進む鋼鉄弾を追いかけるように、彼の脳天に向かって剣を振り下ろした。
「……僕を殺すなら、もっと早く動かないと。」
波の音にかき消されそうなほど小さく呟いた彼が、額の数ミリ手前で弾を受け止めた。
弾の先をこちらに向け、コイントスでもするかのように構える。
先ほどの拳銃の発射音よりも遥かに鋭く重い音が鳴り響き、回転もしていないただの鉄の塊で右肩を貫かれた。
歯を食いしばるように声を噛み殺し、地面を右足で踏みしめる。
班長の右足から肩まで一直線に剣を振り上げた。
「なっ……!」
空中で舞っていた剣が急降下し、俺の剣を受け止めた。
誰かが力を込めているわけでもないのに、ピクリとも動かせない。
「ちょっと避けてねぇ!」
駆けて来たロジーが剣を蹴り飛ばし、海の中へ叩き込む。
班長の頭上を飛び越え、顔の横で右の拳を握り締めた。
「両側から行くよぉ!」
「わかった!」
ロジーが彼の左側、俺が右側で構える。
血管がはち切れんばかりの力を右腕に込め、思い切り班長に斬りかかった。
首の頚動脈を剣先で突いたが、班長自身が持った剣でたやすく受け止められる。
剣を引っ込め、フェイントを交えながら剣を斬り上げる。
何度も何度も全身全霊の力を込めて斬るが、まるで磁石の様に追尾する剣に全て弾かれる。
「クソッ! やっぱり使うしかない!」
鞘を腰から引き抜き、あばらの骨が折れそうな程強く押し当てた。
全身の血流を普通の十倍まで加速させ、心臓が機関銃の如き早さで脈打つ。
それと同時に視界がクリアになり、体の動く速度が先ほどよりも格段に速くなった。
少しだけ彼が顔を歪めたが、それでも全ての攻撃がたやすく弾かれてしまう。
余りの剣戟の速さに、金属と金属がぶつかる際に生じる火花が太陽の様な光を放ち始めた。
「鬱陶しい!」
班長が声を荒げる。
瞬間、顔面にベキリという嫌な音と共に強い衝撃が走る。
体が回転しながら吹っ飛ばされ、岬に立っている巨大な灯台に背中から勢いよく激突した。
左手と右足首の打ち所が悪かったようで、確認しなくてもハッキリとわかるほどグチャグチャに折れている。
ロジーも先ほどの声と共に吹き飛ばされたようだ。
黒い海に白い水の柱が吹き上がるように発生し、ザパパと大きな音を立てている。
「うぐっ……死なないように少し抑えたけど、それでもやっぱり……」
思い切り口から血を吐き、肩を上下に大きく揺らしながら息をする。
血管が血流の速さに耐え切れず、血管が全てズタズタになってしまった。口内の血管が潰れるだけで飽き足らず、喉の奥からも洪水の様に血が溢れ出てくる。
「永宮君……。」
灯台から飛び降り、地面に着地する。
その瞬間を見計らったように班長が目の前に現れ、空気を切り裂きながら剣で喉元を突いてくる。
ほとんど偶然に近い、その場に倒れこむようにしながら剣を避ける。
「運がいいね。今まで生き残ってきただけで相当良い方だけど……これで終わりだ!」
彼の剣が首に迫る。
体制的にどう動いても避けることはできず、一秒が百分の一にまで分割されたスローモーションな動きが、まるで他人事のように脳の中に流れる。
鼓動の音のみが耳に響き、先ほどまで鬱陶しいほど聞こえていた波と潮風の音が消える。
脳裏に巡る走馬灯が終わりを迎え、ゆっくりと瞼を閉ざした。
「……あはぁ。やっぱり、格が違う……よねぇ……」
瞼のすぐ下に生暖かい血液が滴り落ちる。
目を開けると、俺に覆いかぶさっているロジーが居た。
胸の中央から細い刀身が生え、ボタボタと血が流れ出ている。
「……本当に運の良い……」
班長がそう呟き、ロジーの体を貫いている剣を引き抜いた。
重要な血管が斬れたのか、傷から勢いよく血が噴き出す。
「何やってんだロジィーッ!」
彼女の体を抱え、班長から十分な距離を取る。
上着を脱ぎ、胸の傷を止血するために上から押さえつける。
ドクドクと溢れ出る血はそれでも止まらず、このままでは死んでしまうだろう。
「クソッ!」
銃を自分の剣に向かって構え、何度も引き金を引いて撃つ。
摩擦熱で少しだけだが剣に熱が溜まり、それでロジーの傷口を焼き閉じた。
それでも、傷口は完全に閉じきっていない。今持っている道具では処置も出来ない。