ep.134「最後の」
水樹さんのカフェの前の通りを越え、侵略隊の施設に向かって歩く。
磯の香りが乗った潮風が吹き始め、オーロさんの墓が立った岬が見えた。
芝の地面を踏みしめながら岬を歩くと、茶色の酒瓶が置かれた墓の前に金髪の男が膝を突いていた。
「……永宮君と……ヒュイド族か。」
「やっぱりここに居ましたか。……班長。」
無造作に地面に剣を置き、墓の前に置いていた酒を掴み取る班長。
何の躊躇いもなく酒瓶を口に付け、一気に飲み込んだ。
「永宮君も、どうだい?」
「なら、ありがたく。」
投げて渡された酒を掴み、同じように口の中に流し込む。
いつもならすぐ酔って意識が混濁してしまうような度数だが、今日はただただ喉の奥に流れていくだけだ。
水を飲む勢いで全て飲み干し、酒瓶を海の中へ放り込んだ。
コールタールの様に暗い海と夜空の境界線が交じり合い、混ざり合う。
潮風で髪を揺らしながらその様子を眺め、深く溜息を吐く。
「酔えないよね。皆で飲んだときは酔いたくなくても酔うのに……不思議だよね。」
本当に小さい、かすれた声でそう言った。
地面に転がっている剣を右手で掴み、ゆっくりと立ち上がる。
「もう、引き返せないんです。」
「わかってるよ。僕も永宮君も、お互いにね。」
班長がオーロさんの墓から少し離れ、俺よりも大き目のサイズの鞘から、朝露の様に淡く輝く刀身を引き抜いた。
この一帯を照らしている光源は岬に立っている灯台だけだ。灯台下暗しと言うが、満月の光と相まって互いの姿ぐらいは問題なく視認できる。
腰の剣を引き抜き、剣先を班長に向けて構える。
「もう一度ここへ来たって事は、僕に勝つ見込みが少なからずあるってことなんだろう?」
班長の剣が一度輝いたかと思うと、バラリと七つに分裂した。
一つは班長自身が持ち、六つは空中で舞うように浮いている。
六つの剣のそれぞれがまるで生き物の如く動き、踊り、ミキサーの刃の様に回転している。
「あればいいんですけどね……そんな方法」
横でいつものにやけ顔を消し、真剣な顔で班長を睨んで構えているロジーを見る。
鼓動を班長に勝てるまで早めてしまえば、確実に死ぬ。それはわかっている。
「……あはぁ。流石に格が違うって言うか、ビリビリくるよねぇ……」
冷や汗を一筋垂らしながら、少しだけ震えた声を出す。
「今回は、確実に息の根を止める。……始めようか。」
班長が満月を背にし、冷たい声でそう言った。