ep.133「悩んで考えて今夜の間」
頬と歯茎の傷を糸で縫い、無理やり傷口を閉じる。
服の袖で血を適当にふき取り、冷たい灰色の壁を背もたれ代わりにしながら溜息を吐いた。
拳銃の調子を確かめていたフュジさんがこちらを見た後、少し躊躇いがちに話す。
「……テュエマタールを、殺しに行くのか?」
返答しようと息を吸い込んだが、喉が上手く機能せずに声がかすれてしまった。
何度試しても声は出ず、先ほど破った窓からひゅうひゅうと風が音を立てながら入ってくる。
「……正直、何とも言えません。そもそも、俺が勝てるかどうかも……」
「坊主。」
そう呟いてから灰色の天井を見上げ、小さな息を漏らした。
窓から入る風は彼のホルスターを揺らし、かすかな金属音を鳴らしている。
夜の街を照らす光が長い影を作り、黒い炎とも言うべき様で揺らめいている。
「ヴォランは仲間だった。しかし、ワシはヴォランを殺した。……今思えば他に方法はあったのかも知れないが、もう変えられない」
拳銃の弾を一発取り出し、人差し指と親指で粘土を弄るように触る。
「正直、後悔している。いや、きっとどの選択を選んでいてもワシは後悔しただろう。坊主が今悩んでいるのは、そういう決断なんだ。」
そう言い終わった後、持っていた銃弾を拳銃の中に込めた。
重厚な銀の輝きを放つ銃をこちらに投げ、にっこりと歯を見せながら元気そうに笑う。
「しっかり悩め。しっかり考えろ。その先にどんな結果があったとしても、ワシ達は坊主を受け止める。その銃はワシからのお守り代わりだ」
太もも辺りに転がった拳銃を拾い上げ、じっと見つめる。
六発しか入らない、所謂リボルバーというタイプの銃だったはずだ。黒い持ち手に名前も知らない美しい花の絵が刻まれ、それ以外に装飾は見当たらない。
使い込まれていて、かつ手入れされているのが見れば見るほどよく分かる。
視線をフュジさんに移し、問いかける。
「これは……いいんですか?」
「ああ、元はといえばその銃はワシのじゃないしな。さっき予備の銃も回収したし、そろそろ人に受け継ぐ時だと思っていたんだ」
そう言うと、懐の中から真っ黒に塗りたくられた大型の銃を取り出した。
レーザーの発射機構である多重レンズが銃先に取り付けられていて、扱いにくそうに銃を弄くり回している。
「……レーザー銃ですか?」
「ああ、そうなんだが……うーむ? 最近それしか使っていなかったから、使い方を忘れてしまってな……セーフティはどこで解除だ?」
フュジさんから視線を外し、手元に収まっている銃を見つめる。
ゆっくりと立ち上がり、割れた窓から見える満月を見上げた。
「月鑑賞もいいけどねぇ。覚悟は決まったぁ?」
いつの間にか建物の中に入り込んでいたロジーに背後から話しかけられる。
銀色の拳銃をポケットの中に突っ込み、一度ゆっくりと瞬きしてから振り返った。
「ああ。どうするかはまだだけど、悩みながらでも進む覚悟は決まった。」
「ならいいかなぁ。」
月の高さから、夜明けまでもう二時間もない。
今夜の間に、どんな結果が待っていようと全てを終わらせる。
窓の方に振り返り、窓枠に足をかける。
自分の迷いや不安を捨て去るように両の手の平で思い切り頬を叩き、窓の外へ飛び降りた。