ep.131「ピエロの本気」
「あのピエロ、ちょっとおかしいんじゃないですか?」
「私に聞かれても……フュジはどう思う?」
「残念、ワシに聞かれても答えれん。そこの娘さんは?」
「あはぁ。私もわからないかなぁ。」
口から流れ出る血を手で押さえ、鼓動の早さを元に戻す。
頬をナイフに刺したまま立っているピエロに剣を構え、足を少しだけ前後に開く。
ピエロは恐ろしい笑みをしばらく顔に貼り付けていたが、突然ふっと、何の感情も篭っていない真顔になった。
「来るぞ、ピエロの本気が。」
「……あいつ本気じゃなかったんですか、フュジさん」
ピエロがゆらゆらと体を左右に揺らめかせ、ふっと姿を消した。
探そうと顔を動かした瞬間、そっとギネブアさんが空を指差す。
空中で服をたなびかせながらこちらを見下し、右手に持ったナイフをこちらに向かって放り投げてきた。
「動くな、坊主。」
ナイフを弾こうと剣を動かした瞬間、フュジさんが重く冷たい声色でそう言った。
こちらに向かって飛んでいたナイフが途中で宙でバラバラに分裂し、白い照明が反射する刀身が地面に散らばった。
「一体何が……?」
「糸だ。プフェーアトの奴が使ってた糸があるだろう? あれの設置型、とでも思えばいい」
目を極限にまで細め、テント内をゆっくりと見回す。
天井に設置された照明の光を反射する糸が、テントのところどころに張り巡らされていた。
目の前に張られている糸に指を近づけると、少し触れただけで皮膚が切れてしまった。
この糸に突っ込んでしまったら、何の抵抗もなく体が骨ごと切れてしまうだろう。
「……ピエロはサーカスの笑いもの♪ だからピエロはとても幸せ♪」
そう歌いながら、ピエロが地面に飛び降りた。
今までのように楽しく陽気な、それこそ子どもが楽しむような冗談めいた動きはしない。
背筋を一切曲げず、整った大股のフォームでこちらに歩み寄ってくる。
「チッ、ギネブア!」
「……跳弾できそうな所はない、そのまま撃ち抜け!」
フュジさんがピエロに銃先を向け、乾いた炸裂音を鳴り響かせた。
銃弾が糸によって宙で二分割され、ピエロには一発も当たらない。
「チッ、坊主! スマンがピエロを頼む!」
「わかりました!」
先ほど細目で見たときの記憶を頼りに、額を地面に擦りそうなほど姿勢をかがめて糸を避けた。
姿勢を起こすときの勢いを生かし、ピエロを股から左肩まで一直線に切り上げた。
瞬間、キリキリと錆びた歯車が回るような音が鳴り、握っている剣が全く動かせなくなる。
「なっ……」
「夢の国、楽しいよ♪」
ピエロの拳が顔面に突き刺さり、体ごと吹っ飛ばされてしまった。
すぐ背後には先ほど避けた糸があり、このまま止まれなければ真っ二つだ。
足を地面に付けて衝撃を押さえようとするが、無駄な頑張りをあざ笑うように、地面の散らばっていた小石を踏んで体勢を崩してしまった。
うなじに糸が迫り、目を閉じてしまった瞬間。
「何やってるのぉ? 危ないなぁ~」
気の抜けたそんな声と共に、背中から誰かに持ち上げられた。
恐ろしさから急激に流れ出た汗を拭い、地面に着地する。
「ハァ……ハァ……ロジー、ありがとう。」
「どういたしましてぇ。」
手に持っている剣を握り直し、ロジーと共にピエロに向かって構える。
ピエロが面白くなさそうに眉間にしわを寄せた後、どこからともなく出したナイフを右手に一本、ふらふらと揺らしながら構えた。