ep.129「夢の世界への案内人」
先ほど戦っていたときの喧騒が嘘のような夜の中、街灯に照らされた大通りを駆ける。
ひゅうと、一筋の暖かくもなく冷たくもない風が頬を掠めた。
足を止め、その場に立ち止まる。
「……ロジー」
「あはぁ。わかってるって」
右手で腰に差した剣の柄を握り、氷結した茨の様に鋭く光る刀身を抜いた。
剣先を額と同じ高さに構え、大通りの右側に聳え立ったマンションに向ける。
地面の小石がかすかに振動し始め、次第に浮き上がるほど大きな地震が発生した。
「クソッ! ギネブア、ピエロはどこに行った?!」
「わからん! 何処にも居ない!」
マンションが大量の砂埃と石を巻き上げながら崩壊し、フュジさんとギネブアさんが大通りに飛び降りてくる。
崩壊している最中のマンションに銃先を向け、一筋の冷や汗を垂らしながら照準を定めている。
「フュジさん、大丈夫ですか?!」
「ああ?! 坊主か、スマンがちょっと手伝ってくれ!」
そう叫んだ瞬間、景色が入れ替わった。
赤と白に交互に塗られたサーカステントの屋根に、よく踏み固められた地面。
屋内特有の生温い空気が、名前も知らない陽気なクラシック音楽と共に漂い始める。
パン、パン、と音楽の合間に手拍子が入り、そのたびにテント内が白く輝くライトで照らされる。
円形に踏み固められた土の地面が螺旋を描くように照らされていき、中央がパッと照らされた瞬間。
「ジャンジャン♪ 夢の世界はとっても幸せ♪ 夢の世界では何でも叶う♪」
白く塗りたくられた肌に、丸い赤鼻をつけた男。
音楽のリズムに合わせながら足踏みをし、その度にベビーシューズのようなぴこぴこという音が鳴り響く。
緑と黄色を主軸とした青や赤の斑点がついた服をパンパンと叩き、細長い縦笛のような物を取り出した。
「君達夢は持ってるかい? 夢の世界は何でも叶う♪ 持たなきゃ損だよ♪いけないよ♪」
縦笛を口に付け、甲高く心地よい音を鳴り響かせる。
天井からするすると降りてきた荒縄に掴まり、テント内をぐるぐると回るように飛び回り始めた。
「気をつけろ坊主……ピエロの奴はああ見えて、防衛隊の班長だ。」
「……わかりました。」
全神経を稼動させ、空中ブランコに乗って上空を飛び回っているピエロに剣を向けた。