ep.128「分厚く高い壁」
「この腫れた部分はどうにもならないなぁ……切り取って焼いたほうが速いんじゃないかなぁ?」
「げえっ……じゃあこのままでいいや。ちょっとだけ腫れが引いてきたし、多分大丈夫だろ」
胴に巻かれた包帯を強く絞め、内肘に輸血用の管を深く差し込む。
こんな原始的な方法でしか輸血が出来ないのは辛いが、出来るだけまだマシだろう。
腰に差した剣を揺らしながら屋上の端に移動し、夜空を見上げつつ小さく息を吐いた。
「あはぁ。何だか大変そうだねぇ」
「……大変だよ。防衛隊を退けるだけでも死にかけているのに、班長がまだ待ち構えてるんだ。本当に……」
視線を道路の先に移し、再び小さく溜息を吐く。
班長を倒す実力も、班長を殺す覚悟も、何もかもが足りていない。
本当に嫌になる。
「……私だったらぁ、とっとと諦めて逃げるかなぁ。けど、君だったら何とかできるんじゃないかなぁ?」
「どういうことだ?」
背中を軽く叩きながら話しかけてくるロジーに、重い声色で問いかける。
白衣を頭から被せられ、その上からガシガシと乱雑に頭を撫でられる。
「前にも言ったけど、君は戦うことに関しては天才だよぉ。成長スピードが異常だからね。」
白衣を頭から取り、乱れてしまった髪の毛を手で軽く整える。
筋肉質だがどこか柔らかい体に背後から抱きしめられ、心臓がトクリと一瞬だけ跳ね上がる。
「それに、この感じだと勝つ手段がないってわけでもないんでしょ? 使ったら自分が死んじゃう、とかかなぁ?」
「……何でわかるんだよ」
腰に差した剣に目をやり、心臓を右手で抑える。
班長との強さの差は、低く見積もって俺の三十倍だろうか。鼓動を早くすればするほど強くなるのだから、三十倍早くすればいいだけのことだ。
だが、言うだけなら簡単だ。
万全の状態でも瀕死になり、今みたいな消耗した状態で行えば……
十分も戦えば内臓が血のカッターで細切れになり、犬の餌にでもなるのが関の山だ。
「お前の言うとおり、勝つ見込みのある方法はある。ただ、俺は、死ぬ覚悟すらも出来ていないんだ……!」
「じゃあ死ななければいいんじゃない? どんな生き物も、自分が死ぬ覚悟なんて中々出来ないと思うけどねぇ」
ロジーがあっけからんと、さも当然かのように言い放った。
「いや、死ななければいいって……その方法を使ったら確実に死ぬんだよ!」
「じゃあ使わなければいいんじゃないかなぁ? 考えが凝り固まってたら、何も浮かばないよぉ」
考えが凝り固まる……?
班長は別次元の強さだ。鼓動を早めて無理やり強くなる以外、方法はない。
到底自分の力では超えられない、分厚く高い壁。
この向こう側に班長はいる。どうやって越えたのかは見当もつかない。
これを登ることはできるが、あと一息のところでいつも落ちてしまう。一体何が足りないのか、自分でもわからない。
「……そうだな。ロジー、これからも手伝ってくれるか?」
「もちろんだよぉ。これからと言わず、ずっとでもいいけどねぇ」
「はいはい、冗談はいいからとっとと行くぞ。」
ゆっくりと立ち上がり、凝り固まった思考と筋肉を優しくほぐす。
いい考えは全く浮かばないが、とにかく前に進むしかない。
両足を揃えながら屋上から飛び降り、大通りの先に向かって走り始めた。