ep.126「爆浮紫」
アユーダを睨みながら剣を握り、適当な長さの街灯を根元から切りとった。
二階建ての建物ほどの高さがある街灯を両手で掴み、未だ体を抱きかかえている変態に向かって振り下ろした。
「はぁ……総帥、総帥……」
一切微動だにせず、叩きつけた街灯の先がマグマの中にでも突っ込まれたように溶けてしまった。
「私の幸福のために、できるだけ残酷に殺させてくれるかしら……?」
瞳孔が極限まで開かれた瞳でこちらを睨み、湿り気のある溜息を吐きながらこちらに近づいてくる。
一歩二歩、三歩目を踏み出した瞬間、いきなり体勢を崩し、地面に皮膚を擦るほど体をかがめて走り出した。
「うぉっ!」
アユーダが腹部に向かって突き出してきた右手を体を捻って避け、顔面を靴の底で蹴り飛ばす。
顔の向きが一瞬変わっただけで、ダメージが入っている様子は全くない。それどころかこちらの靴が溶けてしまった。
街灯の欠片を投げつけ、空中に飛び上がる。
「やっぱり化け物みたいな防御だな……攻撃手段がほぼないぞ」
空中に飛び上がった滞空時間の間に、地面でこちらを見上げているアユーダを眺める。
ぷくぅと口を大きく膨らませ、紫色の液体を空中に向かって水鉄砲の様に吹き飛ばした。
咄嗟に身構えるが、全く見当違いな場所に液体が飛び散る。
「……! やば――」
背筋に氷を押し付けられたかのような悪寒が走り、液体の方に向かって両腕を固める。
口角を限界まで釣り上げた恐ろしい笑顔を浮かべたアユーダが液体の中から姿を現し、鋭い拳を放ってきた。
「があぁぁああっ! クッソォ、いってぇええええ!」
全身が痺れるような衝撃と共に、体が思い切り吹っ飛ばされる。
ビルのコンクリート壁を一枚突き破り、背中にガラス片が大量に刺さる。
しかし、それよりも、両腕の痛みが酷い。
紫のドロドロとした液体が服ごと腕にへばりつき、太さが二倍以上に膨れ上がっている。
空気が流れるたびに筋肉をかき回されるような激痛が走り、意識が飛びそうになる。
「ふふふ……はぁ……はぁあああああははは!」
全身に液体を纏ったアユーダが高笑いをあげ、こちらに飛び蹴りを繰り出してくる。
背中に刺さっているガラス片を投げつけ、転がるように蹴りを避ける。
ガラス片と共に瓦礫の中に突っ込むも、あいつは血を一滴も流さずに立ち上がる。
口を再度ぷくぅと膨らませ、ブクブクと泡のようなものを口から吐き出し始めた。
シャボン玉のようにぷかぷかと浮かぶ泡が部屋中を埋め尽くすように飛びまわる。
「何だ、この泡?!」
泡の中に潜むように、ゆっくりとアユーダがこちらに歩いてくる。
この泡が一体何の効果を持っているのかわからないが、どうにかしないとアユーダに直接殴られて殺されるだけだ。
右手で剣を掴み、思い切り泡を叩き斬った。
「グッ、まさか――」
泡の斬った部分から、嫌な音が漏れる。
まるで、可燃性のガスが配管から漏れているような音だ。
瞬間、鼓膜が潰れそうなほどの爆発音と共に、体がビルの外に吹っ飛ばされた。
道路の植え込みの中に着地し、頭を押さえながら立ち上がる。
「爆発……ただでさえ貧血気味なのに、また血が……」
全身に刺さった瓦礫から流れ出す血を眺め、重くなる体を必死に支える。
爆発したビルから飛び降り、こちらに向かって歩いてくるアユーダを睨んだ。
その時、先ほどよりも強い爆発音が響いた。
思わず立っていられなくなるほどの地震が発生し、その場に倒れこむ。
あいつの攻撃かと思ったが、向こうも突然の揺れに体勢を崩している。
「へー……ここが地球かぁ。あはぁ、やっぱりヒュイド族とは文明レベルが違うなぁ~」
どこかから、聞き覚えのある間の抜けた女性の声が響く。
すぐ傍に砂埃を上げながら何かが着地し、ゆっくりと起き上がる。
「やっほぉ。元気してたぁ?」
見覚えのあるシルエットと特徴的な話し方に、少しだけ微笑んでから息を吸い込んだ。
「……ロジー、何しに来たんだ?」
「それはもちろん……恩返し、かなぁ?」
右足に機械仕掛けの義足を装着した、ヒュイド族のロジーがにこやかな笑顔で立っていた。