ep.123「地球」
「よし、作戦をもう一度確認し直すぞ」
フュジさんが机を思い切り叩き、張りのある声でそう言った。
腰に差した剣を撫でるように触り、生唾を飲み込みながら耳を傾ける。
「パズルとポルトロン、ワシとギネブア、そこの族長と坊主の三組で行動する。」
横に居るルマルに目配せし、「よろしく」と小さく呟いた。
向こうも軽く頷き、視線を自身の持っている懐中時計に向ける。妹と会える可能性が出来たのがよっぽど嬉しいのか、地球に来る前もずっと触ったままだった。
「ワシとポルトロンの組は防衛隊の処理、坊主の組は総帥の処理だ。」
「その肝心の総帥の居場所が未だわからないんですが、どうしますか?」
「まあ、確かに未だ不明だが……テュエマタートが居る場所の近くに総帥は居ると思っていい。地球上で一番安全なのは奴の近くだからな。」
窓の外の景色が切り替わり、輝くネオンに彩られた夜の街が見える。
体に地球の重力が加わり、少しだけわずらわしく思いながら肩を回す。
「不味い! 全員伏せろ!」
ギネブアさんが突然そう叫び、咄嗟に頭をかがめる。
頭上をレーザー銃の独特の光が通過し、ブスブスと音を立てながら壁を貫通した。
フュジさんが舌打ちをしながら立ち上がり、宇宙船の扉を蹴破った。
「あんのスナイパー小僧……! ギネブア、行くぞ!」
たなびく髪の毛を押さえながら、ギネブアさんと共に外へ飛び出した。
エンジンも共に撃ち抜かれてしまったのか、宇宙船が激しく揺れる。邪魔な机を蹴り飛ばし、ルマルに目配せを送る。
「ポルトロン、行くかい?」
「もちろんだ。」
パズルさん達が飛び出すのを見送り、ルマルと共に俺達も飛び出した。
上空で宇宙船が爆発し、夜空を一際強く輝かせる。皮膚がこげるような熱に耐えながら両足を揃え、着地体勢を取る。
「ルマル、大丈夫か?!」
「この程度の高さならば問題ない。それよりか、体の調子が未だ戻らないことの方が問題だ。」
復活した際の弊害なのか、ルマルの体の調子はまだ戻らないらしい。
調子が戻ってくれることを切に願い、腰の剣を引き抜いた。
近くにあった手ごろな高さのビルに剣を突き刺し、落下の勢いを出来るだけ減速しようとした瞬間。
突然飛来してきた何かに剣を弾かれてしまった。
「なっ?! 何が飛んでき……!」
腰につけた鞘を胸に当て、迷いなく心臓の鼓動を三倍にまで早める。
近くのビルの壁を蹴り、弾かれてしまった剣を掴み取りながら着地した。
「……強くなったね、永宮君。それに……ヒュイド族の族長とは……」
ルマルが暴力的な威圧感を放つならば、あの人のそれは穏やかな波のような威圧感。
周りの温度が強制的に下げられたかのような寒気が全身に走り、全方向から刺されるような感覚がする。一瞬でも気を抜けば、すぐに首を取られそうだ。
「班長……!」
「……言わなくていいよ。大体言いたいことはわかる。なんで? とか、何故? とかだろう。」
金色の髪をオールバックに纏め上げ、右手に持った剣を揺らす班長。
横に落ちたルマルが立ち上がるのを横目で眺めながら、じりじりと距離を詰める。
「僕にも絶対に譲れない事情があるんだ。人からすれば、それは下らないかもしれないけどね。僕にとっては、絶対に譲れないことなんだ。」
「……班長」
「どこからでもいいよ。僕も裏切ったんだから、殺される覚悟はしている。」
地面が揺れるほど勢いよく踏み込み、班長の背後に回る。
振り上げた剣を、全体重を乗せながら脳天に振り下ろした。
「――もちろん、……殺す覚悟も。」
振り下ろした剣は、空を斬った。
胸から噴水の様に真紅の血液が噴き出し、コンクリートの地面を赤黒く染めていく。
鼓動を早めれば、どういうことか動体視力も上がる。今は三倍で動かしているから、動体視力も三倍になっているはずなのだ。
「ブグフッ……」
口の中に溜まった血を地面に吐き、肩で息をする。
動体視力は三倍になった。それなのに、動きが全く目で追えなかった。体の動き、服の揺らめき、剣の軌道、その全てが。
格が違いすぎる。
普通の人間では越えられない、強大な壁をブチ破った強さだ。
「ルマル!」
「わかっている!」
これでも届かないのならば、更に速めるだけだ。
心臓が脈打つ速度を更に速め、胸からあふれ出す血液の量が増加する。
立ち上がったルマルが班長の顔面に向かって拳を繰り出し、その影から剣で足を狙う。
「……族長、前より弱くなったね。正直、少し落胆したよ。」
横に切り払った剣が再度空を斬り、地面に頭を叩きつけられる。
生暖かい液体がうなじに垂れ、鉄臭い匂いが鼻の中を埋め尽くす。
「永宮君……。まあ、君はいいか。どうせその傷と出血量じゃあ、いずれ死ぬだろうしね。
さよなら。」
頭を押さえつけていた何かがふっと消え、剣を杖代わりにしながら立ち上がる。
「あ……おい、おい、嘘だろ、ルマル? そんなあっさり……?」
目の前に、全身から止め処なく血を流しているルマルが倒れていた。
腹から背中まで貫通した無数の刺し傷が付けられ、内臓が少しだけはみ出ている。開ききったままの目から生気は感じられず、瞳孔が開ききったままだ。
「ルマル、お前がそんなにやられる人に……俺はどうすればいいんだよ……」
こいつは、本当に自分が死ぬ覚悟で戦った。実際、パズルさんが来てくれなければ死んでいたであろう方法を使った。
そんな奴が、今。あの人に何も、かすり傷すら付けられず死んでいる。
「グクッ……クソ、俺も止血しないと……」
胸の傷を押さえながら、剣を杖にして足を引きずるように歩く。
二人なら可能性がある? そんな馬鹿なことはなかった。例え侵略隊全員で立ち向かったとしても、一握りの可能性もない。
「クソ……」
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