ep.122「最後の平穏」
「地球に着くまでどれぐらいかかるんですか?」
「ざっと……一時間ぐらいだな」
フュジさんが運転席で煙草を吹かしながら言った。時折横に置かれた酒の缶に手が伸びるが、流石にそれは自粛しているのか、顔をブンブンと振りながら手を引っ込めている。
ソファーで何かの音楽を聴いているパズルさんの横に座り、近くにあった雑誌を適当に取る。
「そういえば……」
ベッドの上でホットアイマスクを目に当てていたギネブアさんが、体を起こしながら呟いた。
読んでいたページに指を挟み、一度雑誌を閉じて彼女の方に視線を向ける。
「テュエマタートとは誰が戦うんだ?」
「永宮君だな。」
「ええっ?!」
ポルトロンさんがブラックコーヒーを飲みながら、あっさりとそう言い放った。
冗談じゃない。仲間と戦うとかいう葛藤や罪悪感より先に殺されるのが目に見えている。
右手を上体が揺れるほど大きく振る。
「いやいやいや無理ですよ!」
「……同じチーム同士を戦わせるのは申し訳ないと思っている。ただ、私とテュエマタートでは相性が悪すぎるんだ。」
その話を聞いていたのか、横に居たパズルさんがイヤホンを耳から外す。
俺の肩を優しく叩き、落ち着いた声で言った。
「永宮君、君なら大丈夫だよ。うん……多分。」
「多分って何ですか?!」
「あそこの族長も連れて行けば大丈夫だよ。防衛隊は出来るだけ僕たちが相手するから」
「……私もですか?」
そう言いながら、椅子の上で懐中時計を握り締めたまま固まっているルマルを指差した。
ルマルと一緒なら可能性はあるかもしれないけど、それでも班長に勝つのは……
肩を落としながら溜息を吐き、淹れておいたコーヒーを一気飲みする。
「班長の強さって化け物クラスですよね?」
「そうだね。防衛隊全員を一人で相手できるってところで、化け物を越えた何かだと思うよ」
「おまけに無傷でボコボコにできるし……」とパズルさんが不穏な言葉を付け加える。
ルマルと戦ったときに会得した無理やり動きを速める技、あれを使えばどうだろうか。スピードを倍にすればするほど、俺自身の強さも倍になっていく。
班長と俺の強さの差は、優に三倍を超えていると思う。十倍ぐらいでやっと相打ち……?
「そんなに悩んでたってしょうがないよ? どうせテュエマタートを何とかしないと主犯の総帥を処理するなんて夢のまた夢だしね」
パズルさんがそう言いながら、イヤホンの片方を渡してきた。
右耳に付けると、どこかで聞いた覚えのある女性の美しい歌声が聞こえる。サムズアップしたパズルさんがこちらを向いてニヤリと笑い、音楽の音量を上げた。
「いい歌ですね……」
「そうだよねぇ……」
「お前ら、呆けてるのもいいが準備はちゃんとしとけよ。いざ戦うときに調子が出ないとか笑い事にならんからな」
運転席から聞こえてきた声に、気の抜けた返事で返す。
今の地球の時刻は午後五時。地球に着く頃には夜になっているだろう。
おそらく、夜明けまでに全ての事に片が付く。
せめて今だけは、最後の平穏をじっくりとかみ締めたい気分だった。ここに居る全員が、絶対に生きているとは限らないことを、よく理解しているから。
耳から響く歌声に目をゆっくりと閉じ、時折かすかに揺れる宇宙船の動きに身を任せた。
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