ep.117「夢見た研究者」
カーペットの様に地面に張り付いた黒い犬の死体を蹴り飛ばし、白い建物の扉を開ける。
中は異様に薄暗く、泡の音がそこら中から響いている。
三人分の足音が静かな通路に反響する。
「……足跡がありますね。それが階段の下へ続いています」
地面にあったかすかな土と汚れを手で触り、足跡が続く先を見る。
薄暗い通路よりも更に暗い、真っ暗な階段が化け物の口の様に大きく開いていた。時折聞こえるかすかな音は、中で戦っている音だろうか。
「じゃ、僕は先に行くね。」
パズルさんが日本刀を抜き、ゆっくりと階段を下りていく。
俺も腰に差した剣を右手で引き抜き、口の中に溜まった涎を飲み込んでから下りて行く。
「あー……うん、終わったね」
「何でわかるんですか?」
「今、破裂音が聞こえたから。ポルトロンの得意技だろ、心臓を風船みたいに膨らませて壊すやつ。」
階段を下りている途中でパズルさんがそう言った後、手に持っていた日本刀を鞘の中に直す。
そういえば、フラムと戦ったときのトドメの技もそんな感じだった。
しかし、やけに嫌な予感がする。あの二人のことだから負けているはずはないのだが……。
焦る心の中を代弁するように、足が自然と階段を駆け下り始めた。
暗闇続きだった階段の先が徐々に明るくなり始め、一気に視界が開ける。
「ワシ、もうダメかも知れんな……見ろよこの手首」
「腱鞘炎になりかかっているだけだろう。さっさと固定しろ」
階段の先は、白いライトが余すところなく光を届かせる地下広場だった。
自分の手首を涙ぐみながら痛そうにさするフュジさんと、全身から血を流しているポルトロンさんが居た。
その中央には、大の字で倒れているヴォランさん。どうやら、嫌な予感は外れていたらしい。あばらが上向きに開いており、流石に生きている気配はしない。
「お疲れ、ポルトロン。」
「大丈夫ですか? フュジさん」
地面に座り込んでいる彼の元に近づき、ゆっくりと持ち上げる。
「ああ、すまないな坊主。……で、ありゃ誰だ? ワシの記憶では、ヒュイド族の族長だった気がするんだが?」
いつの間にか腰のホルスターから拳銃を抜いていたフュジさんが、ルマルに向かって照準を合わせる。
人差し指を引き金にかけ、鋭い視線でじっと睨んでいる。
「ああ、まあ……。その通りなんですけど、今回は別に殺す必要はないかと思って……。」
「その通りですね。まあ体調が不完全とはいえ、その子に負けましたから。今更何かする気は一切ありません」
「……まあ、そう言うなら大丈夫そうだな。ただ、テュエマタートの奴がなんて言うかな……」
そうだよなあ。班長、ヒュイド族のこと、すごい敵視してたもんなあ。
ルマルの方を見て、少しだけ今後のことに頭を悩ませた。最悪、奴隷扱いにでもして何とかごまかそう。
拳銃をホルスターに収めたフュジさんが服の汚れを払い、ゆっくりとした足取りで歩き始める。
「あれ、どこ行くんですか?」
「そこの族長は、テュエマタートが殺したはずだろ? つまり、ヴォランが生き返らせたってことだ。そんな怪しげな研究結果、野放しにはできなからな」
「ああ、壊しに行くんですか。手伝います」
ポルトロンさんの方をチラリと横目で見る。
全身の傷を処置している最中のようで、今は動けそうにない。特にもう危険もないし、パズルさんも居るから大丈夫だろう。
暇そうに頭をかいているルマルに手招きし、フュジさんと共に歩き出した。
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